ぽたり、と涙が落ちたようだった。視界が霞んでいて、膝の上に置かれた手に水分を感じる。

 ぐるぐるとした眩暈はもうなかった。その代わりに、私は真っ暗な淵へと落ち込んでいく。足元から世界が崩れ落ちて消滅してしまったようだった。

 ・・・あの子を助けて、神様──────────

 嗚咽が漏れそうだ、そう思った時に、温かい手のひらの温度を頭の上に感じた。

 ぽんぽん、と2回ほど弾んで、それは私の上に落ちる。

 隣に座る夫が、私の頭に大きな片手を載せていた。

「大丈夫」

「───────」

 霞む視界のままで私は隣を振り返る。ヤツは私を見ていなかった。いつもの淡々とした、だけど何も見逃さないような時折するあの眼差しを天井近くの壁へ向けて、背中を壁に預けたままで低い声で呟いた。

「大丈夫、そんなに時間は経ってない」

 その低い声は、真っ直ぐに私の中を通り抜ける。コンマ2秒で、それまで私の頭の中を渦巻いていた白くてもやもやした影が消えた。

 ・・・大丈夫?だい、じょうぶ・・・なのかな。時間は経ってない・・・あの子が痙攣を起こしてからは───確かに、ヤツがすぐに帰ってきたから。

 それで、初めて怒鳴られて、電話を・・・して。救急車は、すぐに来てくれた。

 だから、時間が・・・。

 私は無言で夫を見上げる。背の高い彼はだらりと壁に寄りかかっていても、頭は私よりも高いところにある。伸びている前髪の向こうがわ、感情を滅多に表さないいつもの無表情で、ヤツは静かに続ける。