「電話だ!救急車呼ぶんだよ!しっかりしろ!」

「あ・・・は、はいっ!!」

 驚きで全身がビクンとはねたけれど、私は頭が考えるより先に行動していた。バッと立ち上がって壁際に備え付けの電話に駆け寄る。そうか、そうよね、救急車!そうじゃないの、私ったら~!!救急車よ救急車!!

 一体何してたのよ!自分に対して猛烈に腹を立てながら、凄い勢いでナンバーを押し捲る。くっそう、涙が邪魔だ!!

 電話の向こうは落ち着いた男性の声。私は焦ってうまく回らない舌を恨みながら、とにかく現状を述べる。娘が発熱していて痙攣をしていること、白目をむいていて、全身が紫色になりつつあることなどを。

『あなたは母親ですか?』

「はい!」

『ではお母さん、まずは落ち着いてください。子供さんは熱性痙攣の可能性がありますので、すぐにそちらに向かいます。子供さんを横に向けて気道の確保をお願いします』

「は、はい」

 横に向ける?・・・あ、さっきヤツがやっていたあれか!私は住所と名前をつげて電話を切る。後ろを振り返ると、夫はタオルケットで桜を包みながら持ち上げるところだった。

「す、すぐ来るって」

 私の言葉に軽く頷き、それからいつもの声でボソッと言った。

「保険証、忘れないように」

「へ?保険証───────」

「病院いくんでしょ。桜の保険証と母子手帳、いるぞ」

 あ、はい。そう返事をした時には、ヤツは既に玄関に向かっていた。

 私は急いで鞄に母子手帳と娘の保険証を突っ込む。それと財布、タオル、オムツ。バタバタと動き回りながら、救急車のサイレンが我が家に近づいてくるのを感じていた。