ヤツはちょっと驚いたようだった。久しぶりにみる夫は私の記憶の通りに今晩もシンプルな服装をしていて、大きな黒い仕事用の鞄を肩から提げていた。前より髪の毛ものびている。

「・・・寝るなら布団で寝れば」

 ボソッとそう言いながら居間に入ってくる。私は久しぶりに聞いた夫の第一声がそれだったので、ガックリと肩を落とした。

「・・・うん、ええ、まあ、その通りなんだけどね、とりあえずただいまって言って欲しかったわ」

 ヤツはスタスタと前を横切って鞄を置きに隣の部屋へ消える。それから私がぼーっと見ている前を戻って来て、台所で晩ご飯を温めだした。

「あ、ごめん。私やるわ」

 そう言って、眠った桜をベビーベッドへ下ろす。赤ん坊がこれだけ重いなんて、誰も教えてくれなかったぞ。今では私の左腕は確実に筋肉がついているはずだ。

 ヤツが無言でレンジを使っている間に、私はお茶をいれ、ご飯を装って、彼のお箸を並べた。

「頂きます」

 両手をあわせてヤツが食べだす。ああ、この挨拶も久しぶりに聞いたなあ~・・・私は前の椅子に座りながら、ぼんやりとそんなことを思った。

 無言でご飯を平らげていくヤツを見るともなしに見ていたら、ちらりとヤツが目を上げて私を見た。

「・・・寝ないの」

 うーんと、これは疑問系?一瞬悩みながら、私はヒラヒラと手を振る。

「いやあ、ここのところずっと君の顔を見てないなあ、と今日気がついて。前にいたら邪魔?」