「もうやってらんない。」

そう呟きながら店を出る。
1年半務めたキャバクラを辞めたのだ。
理由は特にない。

"自分の可能性は無限大"
そう常に根拠の無い自信が自分の中にあり
「都会に出てBIGになろう」なんて
ぼんやりした考えがあった。
たまたま最近の生活にマンネリしていて
ただ辞めただけだった。

「まず都会ってどこにしようかな〜。」

携帯片手に慣れた手つきで
夜の仕事の求人を見る。
水商売を18歳なりたての頃からやっていて
その前はアパレル業をやっていた明日香は
接客業を都会に出てからも続けようと思っている。
都会に出ると大口叩いたものの
地元からあまり離れたくないという気持ちもある明日香は静岡の求人を見つけた。

「ここなら山梨からも遠くないもんな。断然都会だよね!」

独り言を言いながら
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寮付きの言葉と時給の高さに惹かれ
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山梨県の丁度そこそこ栄えた街に産まれた明日香は両親が離婚して母親に引き取られた為に
父親の顔は知らない。
わざわざ母親に聞く気にもならないし
興味も無ければ物心ついた頃にはいなかった。
そんな明日香は小さい頃から母方の親、つまりおじいちゃんとおばあちゃんの家によく預けられていた。
親は明日香を養う為に日夜働いていたからだ。
明日香は母親の口から
"疲れた"の一言も聞いたことがなかった。
母方のおじいちゃんとおばあちゃんは
明日香の事を凄く可愛がってくれた。
それもそうだろう。
初孫で1人っ子だったからだ。
そう、"だった"から。
二人目が生まれるまでは
明日香を可愛がりとても甘やかしてくれた。
欲しいという物は全て手に入る。
それが普通だと思って成長していくうちに
次第に世間で言うワガママになっていった。
そして時は経ち明日香が12歳になった年、母親は仕事場で出会った3つ年上の男性と再婚した。
デキ婚だ。
そして翌年の明日香が13歳になった5月、二人目の男の子が誕生した。
名前は寿也(としや)。
それは明日香にとっても喜ばしい事だった。
しかし母親が専業主婦になり
小さな弟につきっきりでその上男の子だから溺愛した。
明日香はその頃になってもおじいちゃんとおばあちゃんの家に預けられることは多かった。
丁度思春期の明日香は
母親に甘えられない辛さ、姉になりわがままが言えなくなった事、弟が可愛いから尚更弟には当たれない辛さを誰にも話すことが出来ないストレスが重なりその上唯一の味方だったおじいちゃんとおばあちゃんも弟ばかり可愛がるようになり居場所という物が自分の中で無くなっていった。
父親は明日香とは血がつながっていないからか
よそよそしい態度だった。

丁度中学校に上がった明日香は
携帯を買ってもらい友達も増え、ますます家に帰らなくなった。
明日香の通っていた中学校は不良が多い事で有名な学校だった。
週末は必ず友達の家に泊まりに行っては酒を飲み、友達に進められるがままにタバコにも手を出した。
そんな明日香には不良な友達が増えていった。
次第に学校にも通わなくなり
中学二年生の頃には昼夜逆転し、夕方起きて友達と連絡を取り、集まっては万引きなど悪い事をして朝まで遊び、日が出る頃に家に帰って寝るという生活をしていた。
家族はみんな明日香が不良行為をしていることも学校へ行っていないことも知っていた。
しかし誰も何も言わなかった。
むしろ腫れ物に触るような態度だった。
またそれが明日香にとっては気に食わなかった。
誰も何も言ってくれない事が明日香には無関心ということを物語っていた。

そして月日が経ち、明日香が中学三年生の終わり頃。
もちろん学校も通っていなかった明日香は高校への進学など頭の中に無かった。
その頃は恋愛が全てだった。
「卒業したら働いて一緒に住もう。」
そう当時の同い年の彼氏と約束していたからだ。
そして卒業してそのまま社会人となった明日香は地元のショッピングモールの中にある服屋にアルバイトとして務めた。
明日香は社交的で人見知りせず
基本的に誰とでも話が合い明るく
接客業には向いていた。

自分がファッションに興味があった事もあり
アパレル業は3年間続いた。
その頃の彼氏とはとっくに別れていたが
相変わらずころころと彼氏が変わっていた。
明るい性格とぱっちりした二重、すらっと通った鼻筋、長いまつげ、薄い唇、卵型の小さい顔、緩く巻いた栗色の長い髪の毛で容姿も整っていたから彼氏がいない期間はほとんどと言っていいほど無かった。
別れるとすぐに男の方から寄ってくるのだ。
それが普通だと思っていた。