翌日、授業を一講目で切り上げ、商店街で購入した猫缶と牛乳を抱えていつになくいそいそとアパートのドアを開けたら、タマミの姿が消えていた。
「え…タマ、ミ?」
呼んでみる。
返事はない。
はじっこの盛り上がったせんべい布団をめくってみても、ゲーム機とくしゃくしゃに丸まった寝間着があるだけだった。
「おーい?」
半分開いた風呂場のドアを全開にしてみても、タマミの影も形もない。
出て行った…?
鍵はかけていないとはいえ、築年数による歪みときしみでもともと開きにくい玄関のドアが、猫一匹の力で開くとは思えなかった。
しかし、現実にタマミは居なくなっている。
窓を確かめたが、鍵は開いてない。

なんで…。
きのう1日だけの短い付き合いではあったけど、言葉なんてなくてもしっかり通じ合える、いい友達になれるって思った矢先だったのに…。
「タマミ…」
もう一度、ふるえる声で名前を呼んだら、きのう明奈との別れを回想したときにも出てこなかったはずの涙が、ぽろりと頬を伝った。

ピンポーーン。
玄関のチャイムが鳴っている。
連れなら訪ねてくるまえに必ずメールかなんかしてくるし、昼前からアポなしで訪問してくるのは、NHKの集金か、セールスに決まっている。
そう思って、3度目まではいつも通り無視した。
たとえ友達だったとしても、いまは歓迎できる気分じゃない。
ピンポーーン
ピンポーーーーン
しつこいな。
ドアに蹴り入れて追い返してやろうかと思ったとき、
「ハルキさーん、あけてくださーいっ」
鈴を転がすような、という手垢の付いた言い回しがぴったりの、かわいらしい声が聞こえた。
え、なに、誰?
俺は思わず、脊髄反射的にドアを開けていた。