タマミ、と名付けた三毛猫の、邪気のないまるい瞳を見ているうちに、俺は2ヶ月前に別れた明奈を思い出していた。
ほんの短期間でもつき合えたことが奇跡のような、俺にはもったいないくらいのいい女だったなあ、と、しばし回想に耽る。
うう、われながら、うじうじじめじめ未練たらしく、いやになるが。
学内の映画サークルで知り合った森下明奈は、顔立ちは十五、六でも通じるくらい童顔で愛らしく、子鹿のように細く長い手足が印象的な、地味系男女(自分も含め)が集まりがちなサークルにおいてアイドル的存在で、同い年だが浪人して入った俺よりひとつ先輩だった。
入会してすぐに、お互いに古い日本映画(特に溝口健二)を愛好してることがわかり、そんな人間はサークル内にもほかにいなかったので、はじめから大いに盛り上がった。
俺が所持していた溝口健二の生涯を描いたドキュメンタリー映画を、明奈が観たいと言ってきたので、知り合ったその翌週には、いまより少しは広くてきれいだった自室に明奈を招いて二人きりの上映会が実現した。よく知りもしない男一人の部屋に、警戒もせずよくやってきたもんだと誘っておきながら驚いたが、あとで考えてみれば、明奈のほうでも最初から俺に関心があったのだろう。
やや性急な気はしたが、このチャンスを逃してなるかと、映画がエンドロールを迎えないうちに、俺は明奈に告白した。
それからの一年は、俺にとって人生で一番幸福な時間だった。