泣く泣く差し出したのは金の薔薇を模した髪飾り。もちろん金は本物。しかもその周りにはキラキラとした大小の宝石がついている。それだけでもかなりの値段だろうがそれ以外にも細やかな意匠がありあきらかに高価なものだとわかるもの。
「何も聞かずにこのままわたしを一緒に連れて行ってくれると今約束してくれるならこの場でこれを差し上げます」
どうだ!わたしの奥の手をくらえ!と渾身の笑顔を向ければ商人は一拍ののちに是の答えをくれた。
わたしの手の中からなくなった髪飾りにほんの少し惜しい気持ちがあるかと問われればある。あれは母親が残してくれたものでもあるから。でも物に固執しなくても母親からもらったものはたくさんあるから後悔はしない。
幸せになってと最後に残してくれた言葉は今もわたしの胸の大切なところを占めている。そう願ってくれた母親だから、きっとわたしがあの髪飾りを手放したことも褒めこそすれ怒ることはないだろう。
商人はわたしが思っていたよりも義理堅い人のようですぐに出発してくれた。わたしとしてはありがたいことこの上ないけど大丈夫なのかとさりげなく聞いてみたらあの髪飾りにはそれ以上の価値があるから気にするなだって。商人の鏡だね、あなたはきっと成功するよ。
目の前のすぐそこ、手を伸ばせば届く距離にずっと憧れていた自由があることを実感して心が高揚する。あと少し、あと少しでわたしはあの窮屈で息苦しい檻の中から逃げ出すことができるんだ!!
隣国に行ったら何をしよう?あ、まずはお金が必要だよね。あの髪飾り以外にも実は小ぶりの宝石が何個かあるからそれを売って働きつつお金を貯めて、それからいろいろな国に行って。
考えれば考えるほどやりたいことがどんどん出てきてわくわくする。たくさんのところに行きたい。たくさんの世界が見たい。閉ざされたわたしの世界をいろいろなもので満たしたい。
そうすれば、いつか旅人だと言っていたあの人にも会うことができるのかな……
「ってなぜに?!」
別に今あの人関係なくない!?なぜ思い出したわたし!!


