月獣は、元々はただの猪。
月の魔力に狂わされて、異常な状態を甘受したままの猪が、そう呼ばれるのだ。
——だから、この目の前にいる猪も、正常からほど遠い場所にいる。
「ルトさん、下がって」
杖を構えたソラくんが前に出る。
私は後ろから援護しようと、魔法の詠唱を始める。
「ハーディング!!」
対象の動きを鈍くする魔法。
太い前足がぎくしゃくとした動きになり、こちらに向かってくる速度が遅くなる。
次の瞬間、ソラくんの澄んだ声が朗々と響き渡る。
腹に一撃受けた獣はばたりと倒れた。
強い。
月獣を一回の攻撃で倒すなんて普通ありえないのに……ソラくんの魔力はどれだけ協力なんだろう。
「やったね!」
ハイタッチして喜ぶ。
あ、今手にさわれた。
「あとは足と体に縄巻き付けて、学校まで引っ張ってくだけだね。よし、」
背負っていたリュックから、長い縄を取り出し、ぐるぐると月獣の体に巻き付けていく。
ソラくんは、月獣の体を持ち上げて支えてくれていた。
「できた!」
完成。
これで学校に戻ったらソラくんとお別れ。
少し寂しいような、名残惜しい気持ちになったそのとき。
「危ない!」
彼の、焦った声が鼓膜を震わせた。