未来へのメロディー

職員室の前は、ロングホームルームの準備に追われた先生たちが忙しなく動いていた。ノックをして部屋に入ると転校生の後ろ姿が見えた。
学年主任の先生と話をしているらしく、机を挟んで担任と並んで立っていた

「…の試験を…入学…」

「…を、そうでしたか。」

「…7組の…」

「では…お願いします。」

「私は…の準備が…」

「教室の…解る…」

「迎えの…を…しておりますので。」


話の内容はあまりわからず、よく聞き取れなかったがこの騒がしい中では頑張った方だと思う。
耳はいい方だ。

話も終わったらしく、一礼してこっちを向いた先生と目があった。
転校生もこちらに気づいたらしい。


「日直の代理の仕事でしたが、お迎えありがとうございます。」

「大丈夫です。」

「では僕はロングホームルームの準備があるので、二人は先に教室の前で待っていてもらえますか?ついでに案内もお願いします。」

先生も一緒でなかったのか。少し期待したのが間違いだった。

「解りました。」

「よろしくお願いしますね。」

失礼します、と教室を出ると転校生は微笑んでこっちを見た。

「はじめまして、高谷 花音といいます。よろしくね!」

キリッとした見た目と違い、思ったよりも気さくな子だった。

「名前を教えてもらっていい?」

「私も高谷っていうの。名前は真梨、真梨って呼んで。よろしく。」

「わぁ、偶然だね!」

「そうだね。」

そっかぁ、と笑った彼女の横顔はとても可愛らしくて思わず見つめてしまった。

「楽器はなにやってるの?」

「私は…」

「ピアノだよ。」

「本当に⁉私も同じ!」

「まぁ、ピアノ専攻の人は多いからね。」

「だよねぇ、メジャーだしね。」

「ね。倍率高かったでしょ。」

「そうだったみたいだね。でもまぁ、私特待生だし。」


………え?


「この制服、見たことない?私、芸大付属からきたの。」

国内最高峰の音楽大学付属の高校だ。

「そ、そう…なの。」

胸が、いたい。
締め付けられる。

………あれ?

どうして?

「ごめんね、驚いたよね、いきなりこんな話して。」

「ううん、大丈夫。」

特待生というのは1種、2種で分かれていて、1種が入学費と学費が全額免除。
2種がそれぞれ半額免除という待遇が受けられる。
特別な試験を受けて合格した者だけがそれにあたることができる。
2種は一学年5人ほどで、1種はいない年もあるという。
通常の入学試験でさえ倍率5倍ほどだというので、特待生試験は軽く8倍を越えるらしいが完全に非公開なので本当の事は解らない。
本来は人に言うことは禁止されていることに加え、入学してしまえば全員同じ立場にいるので、自分が特待生だと言わなければ完全に卒業まで解らなくなっているシステムだ。
只、年に一度の音楽祭やソロコンテスト、吹奏楽やオーケストラの授業等でそれぞれの演奏は聴くので、憶測することはできる。

クラスの誰もその話題には触れなかったし、そもそも触れようとしなかった。
クラスの中にはその特待生試験に落ちて、一般入試で入学してきた人もいるわけなのだから。
しかし彼女はなんの躊躇いもなく笑顔でそれをいい放った。

「でも、そういうのあんまり言わない方がいいと思う。」

態度が自然と冷たくなる。

「そう?でもいずればれちゃうでしょ?」

悪意もなにも無いような無垢さで言った。

「…どうして?」

敵意をむき出しにしながら絞り出した声は少し震えていた

「だって、私芸大付属だし。」

笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。

やめて…お願い。やめて。

思い出してしまう。


「すごい自信ね。」

本心とは裏腹にとても落ち着いた声が出た。

「あなたとはいい友達になれそう。」

「私もそんな気がするよ。真梨ちゃん。」

その可愛いらしい、あどけない笑顔の先にある本性を

私はみてみたいと思った。