第1章 最悪な出会い




全部が嫌になって、気づいたら目の前の柵を乗り越えてた。
3時間めの授業は大嫌いな数学。
最後にあのわかりにくいデブの授業を受けずにすむと思うとなんだかほっとした。
これでもう、終わる。
私はやっと、楽になれるんだ。

「死ぬのか、あんた」

突然、聞こえた言葉に あぁ、人が居たんだ、と今更になって気付く。
声は眠たそうに後ろであくびをした。
私のことなんて心底どうでもいいのだろう。

「くふぁ…ねむ。あんた、誰 」

今から死のうとしている人間に対して随分と意味のわからないことを言う。
相変わらず眠そうな声に少しイラついた。

「その質問になんの意味があるんですか?」

私は、足元を見つめながらつぶやいた。
夏だから日差しが暑いし、緑の木々がよく映える。ここから落ちたらあそこに落ちるんだろうな、なんて。

「意味なんかないけど?だってあんた死ぬんだろ」

淡々と答える声に戸惑った。
意味わかんない。死ぬってわかってるならなんでそんなこと聞く必要があるの。
めんどくさい奴に捕まってしまった。

「 …五十嵐」

長い沈黙に耐えきれなくなってぶっきらぼうに答えた。
後ろでクックッと声は笑う。
うるさい、耳障りだ。

「五十嵐か。黄色のネクタイってことは2年だな?」
「そうですけど、何か問題でも?」

さっきからなんなの。自殺を止めようとしてるのかこいつは。それとも、この状況を楽しんでいるのか。
いや、絶対的にこの男は後者だろう。
じゃなかったらこんな回りくどい言い方なんてしないでしょ。
姿の見えない声が言う。

「別にないからとっとと飛び降りれば?」

…、なんて奴なの。
仮にも目の前で人が死のうとしてるのに止めるどころか死ねなんて言うの?
情が無いのにもほどがある。こいつどういう神経してんの。
なんだか無性に腹が立って、私は柵を乗り越えて幅の広い地面に足を付けた。
さっきは細い溝に立っていたせいかやけに広く感じる。

「なんだ、やめたのか」

面白くなさそうに立ち上がった声を私は見た。
170cmは軽くありそうな身長にスラリと長い足に制服のズボンがよく似合う。
大胆に前がはだけたシャツはなんだか誘惑的に鎖骨を覗かせている。
悔しいくらいに整った顔が無造作に弄ばれた綺麗な赤髪をかきあげた。
…むかつく。率直に腹立たしいと感じた。
ここで大抵の女子は「かっこいい」だの「イケメン」だのとほざくのが当たり前だろう。
でも私の場合、あまりにも状況が悪すぎた。
睨んでいたせいか男の顔はしばし無表情になる。でもすぐにニヤリと口角を上げた。

「へーぇ、五十嵐は俺のことなんとも思わないんだ?」

面白い玩具を見つけた子供のように男は私へと歩ませる。
さほど距離は近くはないが、これ以上近ずいてほしくないと思った私も1歩ずつ後ろへ下がる。

「それ、自分がイケメンだって言いたいんですか?痛いですね」

私も負けじと睨みながら言い返す。
その瞬間、男は破顔し盛大に吹き出した。

「ぶっ…ぶははははははっっ!!!あんたなかなか言うね?クックッ…」

大袈裟にお腹を抑えて笑う男に更に苛立ちと嫌悪感が増す。
ほんとになんなんだこいつ。

「あんた、おもしれー」

ようやく笑いが収まったのか男はまっすぐ私を見つめ、そう、それは楽しそうに、口元に弧を描く。

「俺、白石 環。あんたのこと気に入った」

何を、言っているんだろうこの男は。
変な男、もとい白石と名乗ったそいつはそう言うと踵を返しドアの向こうへと消えた。
いや、は?なにあれ。
むりむりむりむりむりむりむり!!!!
1人、屋上へと残された私はなんとも言えない気持ちになって、結局男が出て行ったあとあの柵を乗り越えることはなかった。




この出会いは、時期に私のことを悩ませることになる。