「名菜、あまり遠くにいくなよー」

酔っ払いながら父さんが叫ぶ。

「いく兄と一緒だから大丈夫!」


この瞬間は名菜が俺のことを頼ってくれているのがわかった。兄ちゃんが今日いなくてよかった。


「走れ、いっくん!」

「痛っ!」

怜香が俺のケツを勢いよく叩く。俺だけに思いっきり笑顔を見せて、怜香はそのまま遠くに走っていく。


こうした何気ない一瞬が柔らかい幸せに変わりながら、甘く胸の中に広がっていく。別に怜香が誰を好きだろうとも、俺だってこのままで十分幸せじゃん。


「ふみ兄!」


急に名菜が叫び、俺はその目線の先を追った。


部活帰りの兄ちゃんが手を振りながらこっちへ歩いてくる。


……来るなよ。


俺は怜香の顔を見ることができなかった。