家に帰るなり、私は不安で胸がいっぱいだった。

奈津子さんに、言わなきゃいけない。


妊娠したなんて聞いたら、
奈津子さん、きっと軽蔑するよ。


誰にも言えない、
友達にも、奈津子さんにも。


それから1週間が経った。

病院に行かなくちゃいけない。



「奈津子さん....話があるの。」


夕食を食べ終えて、
洗い物をしている奈津子さんに
勇気を振り絞り、声をかける。


「どしたの?珍しいわね?」


奈津子さんの優しい声が後ろから聞こえた。


────きっと大丈夫。


奈津子さんなら味方になってくれる。


「あのね.....私....」


言いたいはずの言葉が出ずに
涙だけが大量にこぼれた。

「どうしたの?悩みでもあるの?」

奈津子さんは
私を、私の部屋に連れて行って
静かにベッドに腰を掛けた。


「ゆっくりでいいのよ?話してごらん。」


私は涙をこらえ、スゥーッと深呼吸をする。


「あのね.....私....妊娠...しちゃっ..た。」


言ってしまった。
もう後戻りはできない。
奈津子さんがどんな反応をしようが
この事実からは逃れられない。


「.......知ってるわ。」



え?


私は目を大きくして奈津子さんの方を見た。


「.....え....?」


「梨心ちゃん前に吐き気が続いたでしょう?それから少したって、保険証とか1式ゴチャゴチャになってたのを見たの。
もしかして、と思って近くの産婦人科に電話したわ。だから全部聞いたのよ。辛かったでしょう.....。どうして相談してくれなかったの?」

優しい表情をした奈津子さんの目からは
涙が零れていた。

奈津子さん.......


「ごめんなさい....っ!」

「謝ることないもの。でも、もうひとりで抱え込まないで。ちゃんと考えましょう」


奈津子さんは私を軽蔑なんてしなかった。

私の様子に気づいてくれて、
わざわざ病院にまで電話をしていたなんて。



「1週間後に、病院に来てと言われたの......。産むか産まないかを決めるって....。」

「梨心ちゃんはどうしたい?」


私は..............

まだ考えはまとまっていなかった。


「どうすればいいか分からない....」


奈津子さんは、一息ついて、こう言った。

「赤ちゃんを産むってことは、それなりの覚悟が必要よ。
妊娠した過程がどうであっても、それは一つの大事な命なの。私もね、昔あなたと同じ経験をしたわ。」


「え?」

そうなの?奈津子さんも.....

「そうよ?でも私は産まなかったわ。絶対に産みたくないと思ったから中絶したの。でも後悔もしたわ。」

「後悔....したの?」

「だって相手が誰であれ私の赤ちゃんだったんだもの。私のお腹の中に小さな命が宿っていたのに....自分の感情だけで突っ走って、周りに何かを言われるのが怖くて、赤ちゃんを殺してしまった。」

「そんなことが.......」

私は言葉が出なかった。

と、共に、私の意志は強く変わった。

私も、産みたくないと思っていた。
あんな最低なやつの子供なんて。


それでも私の子には違いないのね。
これが宿業なのかもしれない。

使命なんじゃないかって思った。

ひとつの命を、無駄にはしたくない。


「奈津子さん....私、赤ちゃん産む。」

奈津子さんは驚いて、
また涙を流した。


「梨心ちゃん、頑張ろうね。私はいつでもそばにいるんだから。」

そう言って私を強く抱きしめた。