「背負ってるもん全部取っ払って、とにかく逃げるかな」


「逃げる……」


「おう。色んなことから逃げる」


逃げる……。


「逃げて逃げて逃げて……逃げまくる。気が済むまで逃げたら、現実を受け入れられそうな気がするから」


逃げまくる、か。


でも、そう簡単に現実を受け入れることなんて出来ないよ。


「菜都が屋上から逃げて帰った日のこと覚えてるか?」


「え……?」


屋上から逃げて帰った日?


もちろん、覚えてる。


「あの日、姉ちゃんの子どもが生まれて病院にいたんだ。そしたら、帰り際に菜都を見かけて。オヤジが診察してる部屋から出て来るのが見えた」


「……っ」


ウソ……ッ。


ま、待って。


オヤジ……?


矢沢先生って、矢沢君のお父さんだったの?


ウソでしょ、信じられない。


いや、それよりも……。


まさか、見られていたなんて。


「なんかあるんだろ?」


「な、なんかって……?」


「それは……わかんねーけど」


「…………」


黙ってたら怪しまれるだけなのに、突然のことに頭が真っ白で都合の良い言い訳が浮かばない。


下手な言い訳とかこじつけは全部見抜かれそうで、怖かった。


すべてを吐き出したら、きっと楽になる。


それが出来ないのは、離れて行かれるのが怖いから……。


もし、病気のことを知って矢沢君が離れて行ったら……。