髪の毛の水分をしぼりながら、片手でネクタイを外す矢沢君。


水分を含んだグレーのカーディガンは、とても重たそう。


滴り落ちる水滴がなんだかやけに色っぽくて、思わず見惚れてしまいそうになる。


って、そんな場合じゃない。


「あ、あの……!よかったら、これ使って」


「え?」


あたしの声に反応した矢沢君は、まるで今あたしがいることに気付いたように驚いた顔でこっちを見た。


くっきり二重の大きな猫目、スッと通った鼻と、色気のあるアヒル口。


お肌はとてもきめ細かくて、水分を弾くほどのツヤがある。


おまけに背も高くて、目を見張るほど整った顔立ちをしている。


それに、矢沢君の濡れ髪はなんというか……エロい。


じゃなくて……!


矢沢君はお前誰だよ的な目でこっちを見てる。


同じクラスだけど、あたしのことはきっと知らないよね。


そりゃそうだ。


あたしと矢沢君じゃ住む世界が違うんだもん。


「ご、ごめんね……急に!あたし、同じクラスのーー」


「春田、だろ?」


「え?」


あ、あたしの名前……。


知ってたの?


矢沢君は無言であたしの手からハンカチを取ると、髪の毛をわしゃわしゃ拭き出した。


あまりに乱暴にするもんだから、水滴がこっちにまで飛んでくる。


ふわふわの茶髪からはシャンプーの匂いもして、なぜだかわからないけど鼓動がドキッと高鳴った。


矢沢君は学年の女子はもちろん先輩たちからもかなりモテモテで、存在を知らない人はいないほどの人気者。


休み時間にはたくさんの女子が教室まで彼を見に来て、キャーキャー騒いでいるほどだ。


まるで、アイドルか何かのよう。


だけど、矢沢君には女嫌いだというウワサがある。


群がって騒ぐ女子を冷ややかに見やり、呆れたようにため息を吐いてばかり。


必要以上に女子と関わろうとせず、教室では男友達とたむろしてるかスマホをいじってるか音楽を聴いてるか寝てるかのどれか。


だからこそ、矢沢君があたしの名前を知ってたことにビックリしてしまった。