"婚約者っつても、俺じゃ音乃の事幸せに出来ないのは目に見えてて…
それでも、少しの間だけでも笑っていて欲しいから、俺はそばにいようと思う
一緒に過ごして、同じものを見、感じ、とても愛おしいと心から思えたから…
「ね、音乃。
俺は、婚約とか、親とか、家とか全部抜きにして、君が好きだよ?
冗談とかイタズラとかじゃなくてね、心の底からきちんと好きなんだ…
あと、少しだけでもいい…
俺がいなくなるまで、そばにいて欲しい…」
頭を下げてそう言うと
音乃は俺を見て真剣な顔で問いた
「裕司は…
何かを隠して私に会っていた…
それは、とても苦しいことなんだってことは…
小学生の私でも分かった。
大切にしてくれてる事は分かるけど、何も教えてくれないのはとても、とても悲しいの…
どうか、本当の事を教えて欲しい…
婚約者として、あなたの好きな人として、あなたを好きな人として、1人の女として…
聞きたい…」
音乃の問はとても単純で、とても難しかった…
「そぅ…だね…
俺は、君に知られたくないことがある…
それは、君を傷つける事だから…
でも、君もいつまでも子供ではないし、俺にいつまでも時間があるわけでもない…
俺が嫌だったら手放してくれて構わない…
元々、ここにいていい人間ではないから…」
そう言うと音乃は頷き、続きを促した
俺は、覚悟を決めて口を開いた
これで、音乃が俺を嫌いになってもいい…
俺は、一番大事な事を言わなかったからだ…
何も言わずに、期待させて、サイテーなことをしてた
君に嫌われる覚悟は、もう出来ている…
「俺ね、小さい頃から家の跡取りじゃないんだ…」
音乃と目が合う、真っ直ぐで純粋な目…
「俺…」
唾を飲み、とてもゆっくりな瞬きをして、握り拳を右手で作り左手で包む
「もうすぐ死ぬんだ…」
ハッとした様な顔をして、目を逸らし、目を閉じた音乃はすぐに目を開け、震えながら俺の目を見た…
泣きそうな、怒り出すような、なんだか分からないような顔で俺を見た…
「ずっと、病気で…
20歳まで生きられないって言われてて…
治らなくって…
だから、」
「ずっと…
ずっと、ずっと!」
急に口を開いた音乃の頬には、1粒の涙が流れていた…
「ずっとね…
裕司から、本当の事を聞きたかったの…
何となくね、分かってたの…
でも、だんだん裕司が好きになってきて、それで何となく目をそらしてきた…
もう、目を逸らさないから…
だから、あなたの人生の
残りの少し、ほんの少しだけ…
私にください…」
頭を下げた音乃を、俺は抱きしめた
椅子は倒れて、食器に肘が当たり、真向かいだから少し遠くて時間がかかるけど、それでも俺は音乃を抱きしめたくて…
「音乃…
ごめん…
ありがとう…
音乃、大好きだよ。」
「ゆう…じ…
わた…私ね…
ごめ…ウッ…」
涙が次から次へと出てくる音乃は、俺の胸に顔をうずめていた。
あぁ、この手を2度と離してはいけないんだと俺に教えてくれているんだ。

