元々、このパレードへ参加しようと言い出したのは樹だった。
 どんな恰好にするのか、衣装をどこへ買いに行くのか、決めたのも全部樹だ。
 賑やかなのが大好きなんだろうな。
 私も颯太も普段から樹に呼び出されては、知らないサークルの集まりに参加させられていた。知らないメンバーの中に混じっても、いつも楽しく飲んだり騒いだりできていたのは、樹のおかげだと思う。
 乱暴な言葉遣いの癖に、細かく気をくばってくれるから、私も颯太もいつも楽しくいられるんだ。
 今だって、樹の笑顔を見たら何だかこの揉みくちゃも楽しくなってくるから不思議だ。
 あと数メートルでこの状況から抜け出せそうになったところで、持っていた傘が誰かに引っかかって私の体が引っ張られた。

「いつきっ」

 握っていた手が離れて、空を握る。
 離れた手を求める。

「いつきっ!!」

 私が叫んだ直後。どこか、直ぐ近くでクラッカーが大量に鳴った。
 激しく鳴り響いた弾ける音に、周囲の時間が一斉に止まる。
 私も驚いて立ち止まった。
 周囲の動きが止まった瞬間を逃さず、樹が再び私の手をしっかりと握り、スクランブル交差点から、揉みくちゃのここからから飛び出した。
 逃れた先にある縁石のそばに二人で立ち、未だ大賑わいの群集へ視線をやった。

「やべー。マジ飲み込まれるかと思った」

 さすがの樹も仮装パレードを甘く見ていたらしく、オオカミの被り物を握ったままの手で額の汗を拭っている。なのに、その直ぐあとには可笑しそうにクツクツ笑い出した。

「やべー。ちょー、楽しー」

 夜なのにたくさんの電飾で輝く渋谷の空へ向かって、樹が声を上げる。
 やっとまともに呼吸ができると隣に座りこんだ私も、倣うみたいに声を上げる。

「たのしぃーー」

 すると、すっと隣にしゃがみこんだ樹がニヤッとイタズラな顔をした。
「俺がどうしてオオカミにしたか解るか?」
 挑むような目つきに向かって、私は首をかしげた。
 私の目をじっと見つめてくる樹の瞳がセクシーなのは、どうしてだろう?
 これも私のひいき目?
 あんまり好きすぎるから、錯覚でも起こしてるのかな?
 だってほら。樹の顔が少しずつ私へと近づいてくる。
 心臓が暴れだす。

「オオカミになったのは、か弱き子羊を食らうためだ」

 赤頭巾を襲うオオカミの如く、なりきった樹の顔が近づいた。

「Trick or Treat.俺が那智を好きなの、知ってた? お菓子よりも俺でしょ」

 考える間もなく触れたのは、唇だった。
 ふさがれた唇に大きく見開いた目には、電飾の文字がチカチカと入り込んで来る。
 樹が眩しいのか電飾が眩しいのか、抜け出したはずなのに気持ちがスクランブル状態だ。
 ゆっくりと離れた後に、やっぱり挑むように片方の口角を上げた樹が目の前で笑っていた。

「欲しいものが手に入った」

 ニカッと笑うその顔は、憎らしいのに嬉しい。

「子羊なら、颯太だと思うんだけど」

 浮んだ冗談に樹が爆笑しながら私を抱き寄せる。

「だな」

 ケタケタと声を上げて笑う樹を見て、私もまた可笑しくなってきた。
 樹の鼓動を聴きながら二人で笑い合っていたら、当の羊が大きく手を振りながらスクランブルから飛び出してきて言った。

「あ、オオカミがメイドを捕まえてる!」