”俺もココア飲もっかな”男性はそう言い、またキッチンへ向かった。
キッチンにいる男性は、私のいる場所からは後ろ姿しか見えない。男の人ってやっぱり、背中広いなあ…

「そういえば」
しばらく無言が続いたが、男性が口を開いた。
「君、なんで泣いてたの?komoriの前で」
私は、1番触れられたくないことに触れられ、少し体がビクッとなった。やっぱり泣いてたこと、気づかれてたんだ。恥ずかしい。

なんて答えようか、迷う。私は何も言い訳が思い浮かばなかった。
でも何故か。何故だかわからないけれど、この人になら正直に話してみようかと思えた。

「私さ、就活上手く行ってなくて」
ぽつり、と言葉が床に落ちていく。
「また今日不採用って手紙来たから、なんか美味しいものでも食べて自分を元気づけよう!って思ってkomoriに行ったのに定休日で。なんか悲しくなってきちゃって」
もう、手のひらのココアはぬるくなってしまっていた。

「周りはみんな就職先や大学で頑張ってるのに。私は何もできなくて。置いてかれてるみたいでさ」
私は男性の方を見る。後ろ姿だと、表情がわからない。

しばらくすると、男性は答えた。
「なるほどな」
絶対馬鹿にされるかと思っていたが、男性は真剣に話を聞いてくれていたようだ。やっぱりちょっと優しいのかも、この人。

「俺さ、学生の頃から店を継ぐつもりだったから。将来とか、深く考えたことないんだよね。ガキん頃は消防士とかパイロットとかやっぱり憧れてたけど、いつの日からか俺は”この店で働くべきなんだ”って、気づいたんだ。親父は他にやりたい事があったら別に継がなくてもいいって言ってくれたけどさ、俺はこの店を何年先も続けさせたい。親父が死んでも、俺が死んでも、ずっとこのcafeSAKURAは残って欲しいんだ」
男性は私に相変わらず背を向けたままだった。後ろ姿だからどんな表情かは、わからない。

男性がそんなにこの店にこだわる理由はなんなんだろう。この店の何がそうさせるんだろう。私は気になって仕方がなかった。

働くってなんだろう。働くべき場所ってなんでわかるんだろう。

「ちなみに、どんな職業に就きたいの?」
私が黙り込んでしまったからか、男性の方から話を振ってくれた。
「ええと、私も。カフェとかスイーツを取り扱ってるお店で働きたいの。私甘いもの食べると元気になるから、私もお客さんに元気を与えるお手伝いがしたくって」
面接でも話したことを、話した。だが、その面接で受かったことがない私は自信のなさからか、なんだか声が小さくなる。

男性はココアを持って、私と向かい合わせに座った。
「じゃあさ、うちで働くってのはどーすか?」
「えっ」
男性の口角が上がる。
「うちって…ここ?!SAKURA?!」
「うん」
男性はココアを口に含みながら頷く。
「この間ひとり、辞めちゃったんだよ。だから人足りてないのは事実。店長である親父に俺から言えばなんとか働かせて貰えるんじゃない?」
「い、いいの?」
正直、店を見た時からこんなとこで働いてみたいなあなんて思っていた。ここで働けるならこんな嬉しいことはない。

「もちろん」
そう言った男性は、もうココアを全て飲み干していた。
コップの底には、溶けきらなかった砂糖がこびりついていた。
もしかして、この人も私と一緒で甘党なんだろうか。