もう距離ができてしまわないように、雅之は私の歩幅に合わせて歩いてくれる。
私達は商店街を抜け、住宅街に入った。この住宅街にその人の家があるのだろうか。

住宅街を歩いている時も、会話はいつもどおりだった。
あそこのカフェが美味しかっただとか
お互いの高校時代の話だとか
いつも休憩中に話すようなことを今日も私達はしていた。

しばらく歩いていると、純和風の家が出てきた。
まるで旅館のようなおっきな家。
雅之は、その家の前で立ち止まった。

「着いた、此処だよ」
雅之が言った。私は改めて家を眺める。
眺める、というより見上げるという言い方の方が正しいかもしれない。
その家は石段が何段もあり、道路から高い位置に建っていたからだ。

「とりあえず、行こーぜ」
雅之は先に歩き出し、石段を登り始めた。
「うん」
私も雅之に続き、石段を登る。
石段の横には、綺麗に手入れされている畑があった。畑だけでも敷地面積がすごく大きい。この家、かなりのお金持ちなんじゃないか?

石段を登っていくと、表札が見えてきた。表札には”田所”と書いてある。
この家”田所さん”というのか……

石段を登りきると、家の全体図が見えてきた。綺麗に手入れされた庭もある。立派な松も植えられていた。地面には飛び石。

めちゃくちゃ素敵なお家だ……

私が庭を夢中で眺めていると、雅之くんはガラッと玄関扉を開けた。
表札の横にインターフォンがあるのに押さないんだろうか。

「優菜」
雅之は家の中から私を呼んだ。
私も家の中に入る。
「おじゃまします」
「今、家誰も居ねえから勝手に入っていいんだと」
そうなんだ…。確かに石段の下の車庫には車が一つも止まってなかった。
雅之は此処に何度もきたことがあるらしく、慣れたように家に入り階段を上がっていく。私は黙って彼についていくだけだ。

階段を上がった先にはいくつかドアがあった。手前から2番目のドアを、雅之は開けた。

「誠司、寝てる?」
雅之は部屋にづかづか入っていった。私も入って良いのだろうか……
私はなんだか入りづらくて半分だけ開いたままのドアの陰に隠れた。

誠司と呼ばれたその人は寝ていたようでふわぁとあくびをしている。
「いくっつってメールしたじゃん。起きとけよ」
「わりぃ」
声が、低いと思った。
寝起きだからかもしれない。

コンビニの袋の音がする。弁当を食べるのだろうか。
すると、雅之は私がまだ部屋に入ってないことに気づいたようで
「早く来いって」と言った。正直、入りづらい。

意を決してドアを開けると、まずこの部屋の主と目が合った。
「おまえ!彼女連れてくんなら先に言えよ!」
部屋の主は雅之に向かって怒鳴りつける。
かなり驚いているようで、ベッドからものすごい勢いで立ち上がっていた。
そんな中、雅之はなんてことない顔をしてまだ誰も座ってない座布団をとんとんと叩いている。
此処に座れという合図だ。

私は思わず「すいません」と謝りながら座布団に座る。あと、私彼女じゃないです。
私が座布団に座ると、雅之が私の顔を指差しながら話し出した。
「こいつ、彼女じゃなくて新しくうちで働き始めた子。誠司に会わせたくて連れてきた」

「いや、意味わかんない」
誠司さんが答える。それは私も同意見だった。雅之は私とこの人を会わせて、何を企んでいるのだろう。