「未波ちゃん!」

 追いかけてきたのは、航だった。
 体操着姿で、手には何も持っていない。
 わたしは少しだけ歩をゆるめる。

「帰っちゃうの? 何か嫌なことがあった? おいらでよければ話聞くよ」
「嫌なことなんてない」
「じゃ、どうして?」
「迷惑かけたくないし。わたしがいてもいなくても、部には支障ないし」
「帰ってほしくないけどな」
「わたしは、帰りたい」

 強情だなあ、と航が唇をとがらせる。

「じゃ、せめて、バス乗るところまで送らせて」
「……うん」

 停留所でバスを待つ間、航はいろいろな話をしてくれた。
 小さい頃からピアノを習わされていたこと、小学校の行事でピアノの伴奏役に選ばれたこと。受験勉強中、年の離れたお兄さんの影響で邦楽も洋楽も手当たり次第に聞いていた思い出。