溺れそうな思考の中で、いかだのように浮かんだのは、今夜ここに現れなかったもう一人の存在だった。

「じゃ、航なら? 航なら考え直してくれるんじゃないかな? ファンが悲しむよ、って言えば」
「無理だと思う」
「どうして」
「だってあの夏……」
「あの夏?」
「ううん、何でもない」

 そのまま口をつぐんでしまった亜依の腕を、わたしは揺すった。はたから見たら酔っぱらいにしか見えないなと思いながら。

「何か言いかけたでしょ? 教えて」
「んー……未波は休んでたから……」

 亜依が言葉を濁す。

「とにかく、とっくの昔に壊れてたんだよ、うちら」
「そんな……信じない、壊れてたなんて。本気で言ってるわけじゃないでしょ? ねえ……!」
「一度割れた皿を、接着剤でくっつけたところで、元の皿に戻るわけじゃないことくらい、あんたにもわかるでしょ」
「わからないよ!」
「これ以上は無理。そういう判断だから」

 わたしが語気を強めても、亜依の態度は変わらない。

「今日はもう帰ろう。明日に響く」