きみを見ていた

五月の爽やかな風が心地よい。
私の大好きな季節。
メイの名前はMayから。
五月生まれの私にとっては特別な季節。

なのに・・・

「今日の数学の小テストの結果を返すぞ。
すべて成績順だ。名前を呼ばれたら前に出てこい。
成川!一位だおめでとう、よくやった。
次、山岸!二位だな、よくやったぞ」


「・・・山田、最下位。
おまえ、一体どうなってんだ?
どうする気だ、え?

昨日の理科の成績も下の方だったよな。
授業中寝てんのか?まったく」


もう、最悪すぎて言葉も出ない。

答案用紙を受け取ると下を向いたまま席に戻った。

校門から黒いベンツが入ってきた。
窓からその様子を見て、さらにいやな予感が・・・

「山田!」

「は、はい!」

「ホームルームが終ったら職員室に来い」

ああ、やっぱり。


職員室の角のソファにママが座っている。

「お母さん、またまたご足労頂きまして。
山田君、お母さんの隣に座りなさい」

磐座先生はこういうセリフをとてもさわやかに言う。


「先生、何度もご連絡いただいちゃって。
この子、そんなに成績が?」

「はい、実は新学期も2ヶ月が過ぎようとしてますので各教科で小テストをし、生徒たちの理解度などを計っているのですが、山田君の成績がどうもかんばしくありませんで」

「まぁ、小テストの事なんて何も聞いてなくて。
そんなに悪いんですか?この子」

「はぁ、文系はすべて70-80点台でしたのでとりあえず置いておくとしても、理数系がどうも。
理科、物理・・特に今日の数学はクラスで最下位でして」

「えっ??今なんて?」

「はい、数学はクラスで最下位でした」

「メイ、あんた・・あなた」

「だって、元々苦手なところに、毎日部活で勉強の時間奪われて」

「あの、お母さん、家庭教師の先生がいらっしゃるのでは?」

「それが、一年の時に見て頂いてた先生が都合で来れなくなりまして。
今、新しく探してる最中なんですがどうも時間の方が合わなかったりと中々難しくて」

「部活をしてるから、時間が合わないのよ。部活を辞めれば大丈夫でしょ?ね、お母様」

「そうね・・」
ママはチラと磐座先生を見た。
先生はというと、口角は上がっているものの、目はちょっと冷ややかだった。

それでも、ここで引くわけにはいかない。

「お母様、私勉強したいわ。このままだと医大どころか何年浪人してもどこの大学も入れなくなりそうで不安なの」

“私は不安ですオーラ”をめいいっぱい醸し出しながらママに訴えた。

「そうね、そうだわ。お勉強しないと。
先生、この子は元々勉強のそんなに出来る子ではありませんでしたが、昨年は家庭教師を付けてみっちりと勉強したので、それなりの成績は取れてたんです。

学校の性質上部活も大切ですが、そのために学業がおろそかになるようでは・・・
うちの子、不器用なので両立って難しいんだと思うんです。

これまで2ヶ月程一生懸命部活動してきましたので、これからの時間は勉強に充てられるようご配慮いただけませんでしょうか?」

「配慮、とおっしゃいますと」

「えっ、ですから・・もう部活動は終わりにさせてください」

「それはなりません。
もし、どうしてもとおっしゃるなら、内申書はご期待されませんように」

「では、週の半分だけ部に参加すると言うのではいかがでしょう」

「それも出来ません。
山田君は昨年一年間部活動をせず、いわばすでに大きなペナルティを背負ってるのですから、むしろ本年度からは部活動により専念して生活態度の挽回をはかっていただきませんと」

「そんな・・」

泣ける。いますぐ泣けるわ。私。

磐座め、私に何の恨みがあるんだ?おい!
こっちだって・・都合ってものが、立場ってものがあるんだから!

むかつくムカツクむかつくムカツク・・・

「しかし・・あらためて聞いてみますと、私は山田君の担任ですし部活の指導もしている。
いくら山田君本人の責任とは言え、部活動に時間を奪われたからと成績への影響がこのまま続きますと私としても大変困ります。

そこで、こういうのはいかがでしょう。
新しい家庭教師が見つかるまで、私が山田君の家庭教師をいたしましょう」

ムカツクむかつく・・家庭教師・・えっ?・・

「先生、よろしいんですか?」

ママの声で我に返る。

「ええ。お母さん。実は私」

なんだ、磐座・・先生。
急に小声で身をかがめ、ママに近づくと

「私は、わかりやすく言うと正規の雇用ではなく、休職されてる先生の代わりを務めてる派遣のようなものなんです。
ですので、学校での授業や指導は基本的に18時までと決まってます。
もちろん、仕事が残っている時は残業も致しますが、そうなると割増料金になるのでなるべく学校の負担にならない様にしてます。

なので、18時以降は教師ではありますが自由の身。
アルバイトも可、なんですよ。

担任として、部活の顧問としての責任がございます。
新しい家庭教師が見つかるまでの間、私が山田君の家庭教師をいたしましょう!」

や、やめてー!

「本当ですか先生!まぁ、なんてありがたいんでしょう!
どうぞよろしくお願いします」
ちょっ・・ママ!なんて嬉しそうな顔してるの!
握手してるし。

げっ、先生と目が合った!
うわっ、わっるいかおしてる~!!

な、なんなのよ一体~
どうなってるのよ~!!!