きみを見ていた

18時の鐘が鳴った。

「メイちゃん!」

校門で手を振る真里菜ちゃんに向かって走った。

「待った?ごめんね」

「ううん。大丈夫、私も今来たところだから。
行こ!」

並木道を並んで歩きながら、私たちは帰路に着いた。

「あのね、磐座先生ったら今日ね」

真里菜ちゃんが楽しそうに話し始める。
ここ最近はいつもそうだ。

オーケストラ部でヴァイオリンを弾いている真里菜ちゃん。
ちいさい頃からピアノを習ってて、中学からオケ部に入った。
中学から弦をはじめるのは遅いらしいが、真里菜ちゃんには音楽の基礎があるせいか、なかなかの腕前で今は第二ヴァイオリンのパート責任者だ。

「やっぱり、本場の指揮者は違うわね。
オケ部の顧問の先生はほら、元々音楽の先生じゃなくて大学時代にちょっとフルートやってただけだったから名前だけ顧問だったじゃない?
練習は、先輩たちが仕切ってやってくれてて。
でも、それだとやっぱり息詰るばっかりで中々上達しなかったんだけど、磐座先生が指揮し始めたとたんにオケ全体の音がバン!っと良くなるのを感じたわ。
やっぱりプロよね。当たり前なんだけど。
あれこれうるさいって言うんじゃなくて、パッと言う指摘がすごく的確なの。
もう、なんて言うか聞いててワッて感じ」

真里菜ちゃんは興奮すると擬音語が増えるような気がする。
オケ部の話をするとき・・磐座先生の話をするときは特に多いようなそうでないような。

真里菜ちゃんは続けた。

「私がすごい!って思ったのはね、今日ヴァイオリンパートを個別指導してくれたんだけどその時に、弓の方向を決めてくれたの。
そしたら、いつもは詰まって中々弾けなかったフレーズがスルスルって弾けるようになって!
不思議よね~、そんなちょっとしたことでガラッと変わるんだから。
ホント、さすがプロよね~」

「あ、それでね。
磐座先生のこと、オケ部の部員たちそれぞれ検索してみたんだけど、どれも英語やフランス語イタリア語の記事でよくわかんなかった。
でも、翻訳機掛けたら、なんとなく誉めてるっぽかったよ。それはわかったの。
でね・・・ほら!この写真とかすごくかっこよくない?
なんか、様になってるよね。フフフ」

スマホで先生の記事に載っている写真を見せてもらった。

わぁ・・・すごい!
「ホントだ!かっこいいね~!」

「でしょ~」

普段も超絶イケメンなことは認めるが、指揮をしているとそこにカリスマまで漂わせてる。

「こりゃ~モテるわな~」

「やだ、メイちゃんったら。ちょっとおばさんみたいよ。
口調が!」

「そう?え、だって本当にそう思ったんだもん。
背だって大きいしさぁ~色も西洋人顔負けに真っ白じゃん。
才能もあって。人気あったろうね~。
音楽家としても有望だろうし。
・・なんで日本に?良く考えたらなんで教師に?」

「背は“大きい”じゃなくて“高い”だろ」

「わぁ!!」

「磐座先生!
今お帰りですか?」

自転車をゆっくり乗りながらいつの間にか私たちの横にいる!

「ああ、今日はちょっと寄るとこがあってね。
真里菜、今日のあのフレーズ良かったぞ。
第二ヴァイオリン全体がどんどんまとまって来てるな。
その調子で明日も頼んだぞ」

「はい、先生」

「おい、山田!
おまえは普段の言葉づかいから気を付けなきゃだめだな。
そんなんだから国語の点数も伸びないんだよ。
おまえの成績が下がるのは部活のせいじゃないからな。
わかってるな!家帰って勉強もしっかりやれよ。
部活を言い訳に成績が下がったなんて言われるほどかっこ悪いことはないぞ!
帰ったらしっかり食ってしっかり勉強しろ!いいな!

じゃぁな、真里菜!気を付けて帰るんだぞ!」

「は~い」

先生は軽くウィンクして自転車のペダルを強く踏み込んで去って行った。

「ほ~んと、磐座先生って気さくでいい感じ~」

真里菜ちゃん、ごめん。
その言葉には共感出来ない!

私は目を細めながら憮然とした表情で夕焼けに溶け込んでゆく後姿を見送った。