きみを見ていた

音楽室の戸がパッと開いた。

「あ、先生」

磐座先生が見下ろすように私たちを見ながらスタスタ入ってくる。


「今丁度、全員で発声練習が終わったところです」

ドゥルルルルドゥルルル~
イスに座るや否やいつもの如く威嚇するようにピアノを弾きながら、瀬戸先輩の言葉に小さくうなづくと
「今日は山田だな。
後のものは講堂の角で各自練習して時間になったら帰るように。
来週は2回目のビデオを撮るからそのつもりでな。
解散!」

最近のコーラス部はいつもこんな感じだ。

基礎練習を終えると、日替わりで一人ずつ磐座先生が個人レッスンをしてくれる。
その間他の部員は講堂の角で声がお互い邪魔にならない場所を選びながら練習する。


初日に撮ったビデオは散々だった。

自分たちでは精一杯だが、映像はウソをつかない。

「これは永久保存版だ。
なにかあったらこれを世間にぶちまけてやる!
ハッハッハッ。
って、ちっとも笑えんわー!」

確かに、照れ笑いさえできないほど悲惨なものだった。


「さぁ、ハミング・・もっと鼻孔を開けろ!
続けてンア~・・・ハミングの後口を開けて」

「次、スタッカート!
もっとこうだ!アッハッハッハゥ!音の位置をずらすな!」

「こら!もっと腹に力入れろ!
アアアアア~~~・・・こら!音程!!ピッチ上げろ!!」

「呼吸の位置が違う!
腰のあたり、横隔膜だ!」

「毎回言ってんだろ!
息は瞬間的に鼻から吸え!
その時に各ポジションは完成されてろ!」

「おい!下っ腹ひっこめろ!
思いっきり力入れろ!!」

「開けろ開けろ!
肋骨、喉、口内、頭!」


バーン!!

「歌なめんなよ!
腹筋50回!」

はじまった。

ピアノバーン!!de 腹筋50回。

パターンですね。そして、
もう、なんなの?
思わずジロリ。

大体からして歌は中二で卒業したのよ。
それなのに、どうしてまた歌わなきゃいけないの?

私、医学部に行かなきゃいけないの。
勉強しなくちゃいけないの!!

「なんだ、その顔は。
さっさとやれ!」


「先生。
部活やってない子、他にもいるじゃないですか。
その子たちには指導しないんですか?
どうして私だけ?
私、勉強したいんですけど」


「勉強?やれよ、存分に。
ただ、部活は文句言うな。
他の奴にも言ってあるが、おまえほど内申書を怖がってないだけだろ?

大体からして、おまえ、勉強してあの成績か?
良くて中の中。いつもは中の下じゃないか。

あんな成績で良く医大受験とか言ってるよな。
・・・まぁ、いいさ。
とにかく、成績以外で足引っ張られちゃ本末転倒だろ?
おまえがコーラス部で良かったよ。俺の専門分野だからな。

ありがたく思えよ!
ヨーロッパで名のある楽団で指揮をしてきたマエストロが無償で声楽のレッスンしてるんだぞ!
はじめて受け持つクラスの生徒の内申書の為に、放課後まで犠牲にする担任先生。
感謝はされても文句言われる筋合いないぞ!」

グッ・・・なによ!
人の気も知らないで!!

私がどんな気持ちで・・・。