きみを見ていた

「せ、先生、私は今日が初部活参加ですので見学するにとどまります。
あ、一年のあなた!ささ、どうぞお先に・・・」

「いいから前に来い!さもないと・・・」

磐座先生はきわどい流し目でチロリと私を見た。

やば、内申書・・・
なんて弱みを握られてしまったんだ。

私はスゴスゴと前に進んだ。

「ハミング・・・」

音階と共に先生が静かに言った。

私は“やる気オーラ”が伝わるように、そしてなるべく慣れない様子でハミングをした。

口の中はピタッと閉じ
喉は開けずにしめて
両肩には力を入れて。


グランドピアノの鍵盤の方から先生は鋭い視線を投げ続けている。
私は気づかないフリでそのまま続けた。


低音域から高音域へ。
高音域から低音域へ。
そして再度低音域から高音域へ。
また高音域から低音域へ。

ハミングばかりなんども何度も繰り返された。
5回目。高音域へ向かう途中、私はいい加減疲れてしまった。
つい、体の力を抜いてしまった。
それからは、眠っていた細胞が無意識に反応した。

両足には力が入り
下っ腹は引っ込み
高音域に行くにつれ横隔膜を意識し
口内と鼻孔は開き、後頭部は浮き上がった。

「m・・・」というハミングで体中が鳴り響くのを感じた。

ああ、なんて気持ちが良いんだろう!


体中の液体が美しく振動し、丁度眉間のあたりから『音』として紡ぎだされた。

音楽室を飛越えて、遠く、遠く、走って行くのが『わかる』。