空 を 見 る 人

そうだ。篠原も、この類のグループにいたはずだった。
男子は男子で、いびきまで掻き始めたが率いる男子グループの頂点がある。篠原も少し前まではこのグループにいたはずなのに、いつのまにかハブられて、いじめられるようになった。

でもわたしは、この男のことが嫌いではなかった。かと言って好きでもないけれど。
席が隣りだからといって、特に話もすることもないし、したこともない。一度、昇降口で会って短い挨拶をしたことくらいはあるけれど、それだけだ。

「じゃあ次、篠原」

教科書の文字を読む順番、担任はランダムで指名していく。篠原が当たった。
しかしなかなか立ち上がろうとしない彼に、担任はどうした、と訊く。

「…すいません、教科書忘れました」

「そうか。そしたら、近くの奴に見せてもらいなさい」

篠原は少し困ったように俯いた。彼は窓際に座っているから、隣りはわたししかいない。彼の前の男子は一向に前を向いていて貸す気はないらしい。わたしの前の人も同様だ。

    
「誰か、ともだちに貸してやる優しいこころを持った生徒はいないのか?」

するとすかさず、田代のグループの奴らが笑いだした。

「せんせー。そしたら、優しいこころを持っていても誰も貸せませんよ。ともだち、じゃないですから」

また、教室には周りの生徒たちの微かな笑い声が響いた。ありえないことに、担任も笑っている。

篠原は座ったまま、今の状況をなんとも思っていない、というような顔をしていた。それはまるで、彼とわたしたちは、同じ空間にいないんじゃないかと思うほどだった。彼はたぶん、わたしたちとは違う、なにか別のものを見ているのだと。

わたしは、自分の机に、退屈そうに開かれている教科書に目を落とした。ただそこに置かれているだけの、かわいそうなわたしの教科書。そしてわたしはまた彼を見て、こう言おうと思った。貸してあげるよ。それは息に乗って声として、言葉として彼に届く前に、担任のやる気のない じゃあいいや に阻害されてしまった。

体制を前に向き直させるとまた、佳菜美がこちらを見てにやにや笑っていた。わたしはいつも、同じ反応でそれに返すことにしている。