空 を 見 る 人

そのとき、誰もが見て見ぬふりをした。
クラスで起きている現象を、自分には関係ないと傍観者ぶることで、心の内に競り上げてくる罪悪感や背徳感を回避しようとしているのだ。

弁当の中身が床にぶちまけられ、それらをいっしょうけんめい掻き集める彼の姿は、言ってしまえば見苦しかった。
だけどそれ以上に、見ているだけで何もできない自分たちほうが、もっと見苦しいことは誰もが承知していることだった。口には出さないけれど。

「その弁当どうすんの?食うの?」

「…うん」

「マジで。すげーね、おまえ。まぁその弁当の方が、おまえにはお似合いか。」

乾いた嘲笑を彼に浴びせ去っていく男たち。わたしは彼らを軽蔑しながら、この床に這いつくばっている男のことも、自分のことも同じように侮蔑していた。
男たちが去っていくと、またざわざわし始めるクラス。今起きたことには一切触れない。触れてはいけないと思っている。

「でさ、これ見て、凛子」

向かい合わせに座りお弁当を食べる原 佳菜美がスマホの画面を近づけてくる。

「財布?新しいの欲しいの?」

「うん、超かわいくない?今日デパートに買いに行こうとおもうんだけどさ。ついてきてほしいんだけど」

一瞬、なんでわたしが。という不満が頭に過ぎったが、すかさず了解の返事をした。

「うわ、こっちきた」

佳菜美がおもむろに嫌そうな顔をしたので、振り返ると、篠原 隆太がいた。
このクラスの、いわゆるハブだ。

佳菜美はわざとらしく机をずらし、「こっちくんな」と小声で言う。
そんな佳菜美には目もくれず、篠原は平然とした様子で教室を出て行った。