「沖田くんおはよう。押入れの中って落ち着くね。よく寝れたよ。」

「お腹が空いたらこれ、食べてくださいね」

沖田くんが私のそばにおにぎりを置いた。
お腹が空いていた私はそれを恐る恐る口に運ぶ。

パクッ…

うう…甘……くない?!

「え?!これ甘くない!!」

ちゃんとほどよい塩味だ

驚いて声をあげ、沖田くんの方を見るとにっこりした顔で、

「やっぱり。本当は甘いおにぎり好きじゃないでしょう?ていうか僕でも食べませんし。」

はははっ!と笑う。

「はぁー?!てことは昨日わざとだったのね?騙されたじゃない!沖田くんはあの甘いおにぎりに誇りを持ってるんだとばかり思ってたよ!」

「あははっ!ちょっとイタズラしただけです。それにしても笑いを堪えているの大変でした」

全く悪びれない沖田くんを見てると怒ってる方が馬鹿らしくなってくる。

「はぁ。まぁいいや。これ食べ終わったらここ出てくから安全に逃がしてよね」

二個目のおにぎりに手を伸ばし言う。

「ええ〜もう行っちゃうんですか?もう少しいてくださいよ」

「馬鹿言わないでよ。一晩だけでどれだけ神経すり減ったか… もう二度と戻ってこない自信あるわ」

何気なく障子のわずかな隙間から庭を見ると、頑張れば超えれそうな2mくらの塀が囲んでいるだけだった。

「ねえねえあの塀の向こうはどうなってるの?」

ん?塀ですか?と、沖田くん。

「あの向こうは普通に道がありますが」

「ふ〜ん….」

「そんなこと聞いてどうするn…」

私は沖田くんの言葉は聞かず、指についた米粒を舐め、
唯一の荷物であるショルダーバックを肩にかけて立ち上がり、縁側に出てスニーカーを履く

「待ってください!あの塀を超えるのは無理ですよ!」

沖田くんが私の側に駆け寄る。

「無理かどうかは私が決める。…うーん。このくらいの高さならあそこで踏みこんで…」

ブツブツとイメージトレーニングをする。

よし。イケるな

「じゃ、沖田くん!いろいろよくしてくれてありがとう!一宿一飯の恩義はいつか必ず返すよ」

「えっ…あっ!」

庭はさほど広くはないが、少し助走を付ければ飛び乗れるだろう。

イメトレを思い出し、勢いよくジャンプして塀の上に着地する。

そして最後に沖田くんの方を見て、

「またな少年!次会ったらお団子奢ってやる。」

と、言い残し塀の向こうへ降りた。

うん。我ながらかっこよく決まった。

降りた場所は土の道で、少し先を見れば家が立ち並んでいる。

家と働き口を探してブラブラしてみる。

甘味屋や小物屋、呉服店が立ち並ぶ。

うーん。店員募集してるとこないかな〜

いろんな店に立ち寄り中を覗いて様子を伺う。

あんま良いとこないなぁ。

江戸での暮らしが良すぎたのかもしれない。

なんだかんだ五年もいれたのはすごいと思う。

いっそのこと自分で店でも開こうかな〜


そんなことを考えていると、ポンと肩を叩かれた。

なんだ?!

ザッと振り向きながら後ろへ飛び、距離をとる。

すると、私の肩を叩いたのはたれ目で色気が出ている男の人。

その人は浅葱色の羽織を着ていた。

「ほぅ、これは綺麗なお嬢さん。対した身のこなしだ! けど怪しいな。我々についてきて貰おうか」

はぁ?誰こいつ。

「いやだよー!私はなんも怪しくないわ!」

ベーっとあっかんべえをする。

すると、男は近づいてきて肩をに腕を回してきた。

「いやー!離れてよ!」

「気の強い女は嫌いじゃない。なに悪いようにはしないさ。少し話を聞くだけだ」

「わかった!ついてくから!離れて!」

「いい子だ」

男は私から離れてくれたが、変わりに手首を掴んできた。

「逃げられたら困るからね」

ニヤッと笑う。

なんだこいつ。こういう手口で近づいて女を襲う輩じゃないだろうな

しかし、歩く道は私がさっき屯所から出てきた時の道だ。

あ、この人新撰組だ…

昨日の声の中にあった気がする。

てことは沖田くんいるんじゃない?!

やばい!昨日のことがバレる!

全力で他人の振りしないと。

もんもんと考えていると、もう到着したようだ。

男は私を奥の部屋に連れて行く。

「土方さん。原田です。」

「入れ。」

原田と名乗った男が障子を開くと、そこには眉間に皺が寄った美丈夫な男の人と、沖田くんがいた。

「見廻り中に怪しい格好をしたお嬢さんを見つけまして…」

原田という人物が説明する中、沖田くんにめをやると

目を見開いて驚いた顔をしたがすぐに状況を理解したのか下を向いて肩を震わせた。

うぁー!不覚!!

キッと沖田くんを睨みつけていると、

「おいお前。ここに座れ。」

土方と呼ばれた男が言って来た。

うひゃあ怖いなこの人。

逆らわんとこ…

大人しく土方さんの前に体育座りをした。

ギラギラした目で見てくるので、ニコーっと笑顔で返す。

すると元々寄っている眉間のシワをさらに深くした。

「お前はなんでそんな格好をしている」

第一声がそれかい。

「この格好変ですか?」

私も私で何を言ってるんだ。

「変も何もここらじゃ見たことないんだよ。どこのもんだ。」

「一応一ヶ月くらいまでは江戸にいました」

「江戸だと?」

「はい。だからなーんも怪しくないですよ?」

ヘラっと笑う。

土方さんはその態度が気に食わなかったのか刀を抜いて私の首筋に当てる。

沖田さんがピクッと反応したのがわかった。

この人血の気が多いな…

「こっちは真面目に話ししてんだ。おちゃらけてるんじゃねえぞ」

「貴女こそこんなか弱い女の子相手に刀を抜くなんて…私怖くて泣いちゃいますよ」

ヘラヘラと笑いながら答えてみた。

すると、沖田くんがぶっと吹き出したが、咳をして誤魔化した。

下手くそかよ!

「てめぇ、笑いながら泣くとか言うんじゃねえ。真面目に答えろ。」

「いたって真剣ですがぁ〜」


ブチ

何かが切れた音がする

おや?土方さんのこめかみが…

「死ね」

刀を首めがけて振り下ろしてきた。

「桜さん!!」

沖田くんが叫んだ。

ばかやろーバレちまうだろーが

刀が首を斬る寸前、私は体を後ろへ仰け反らした。

私の上ギリギリを刀が横切る。

「ほっ」

後ろへ体を反らした私はそのままブリッジのように手をつき、回転して土方さんから距離をとった。

「あっぶな!!!本気で死ぬかと思ったよー!!容赦ないね」

はぁーっと息を吐く。

すると
「桜さんっ!」

沖田くんが抱きしめてきた。

「ぐはっ」

ちょ、苦しいっててかヤバイよばれる

「あーよかったー!まだ生きてる!」

あははは…よくないよ。これで完璧沖田くんの腹は弾け飛んだな

チラッと土方さんを見ると、ポカンと驚いた感じでこっちを見ている。

「沖田くん。離れないと土方さんに斬られちゃうよ」

「やだ。」

「やだって言われてもなぁ…」

困っていると

「沖田…どういうことか説明しろ」

土方さんのバリトンイケメンボイスが響いた。


「俺とこの人が知り合いなだけですぜ」

あ、そうか。別に昨日のこと言わなくてもいいんじゃん。

「そうそう。昨日からの仲よ」

「説明になってねえよ」

呆れたようにため息をつく土方さん

「僕の知り合いなんで疑うのやめてあげてくださいよ。本当にこの人なんでもないですよ」

沖田くんが真剣な顔で言う。