それが良いことなのかどうかは分からないけど、樹が笑ってるならまぁいいかと思う。

言わせていただくと樹もそんなに変わっていないしね。強いて言えばまた背が伸びたくらい。
高校時で既に185㎝はあったみたいだけど、さらに成長しているとは……うぅ、155㎝の私を可哀想とは思わないのか!?

「ん?どうした杏樹。何か怒ってない?」
「ううん、別に。ただ背が伸びてていいなぁと思って」

私が手を伸ばして樹の身長を測る真似をすると、樹は「あぁ」と言って小さく苦笑した。

「これ、俺にとってはコンプレックスなんだけどね。もう伸びなくていいのに大学入ってからまた2、3㎝高くなっちゃってさ……」

まぁ見つけてもらいやすいんだけどね、と頭をかいて笑う。

そんな彼に私は少なからずの衝撃を覚えた。

だって、私は未だに背を伸ばそうと躍起になっているというのに、そして今中3の弟は低い身長をコンプレックスだと思っているというのに、目の前のこいつは私達姉弟の欲しいものを易々と手に入れ、あまつさえ要らないと言っているのだ!

私の中で、怒りに直結する何かが沸き上がってきた。

「むぅ、そんな言い方……謝れ!全国の低身長コンプレックス者に謝れ!」
「何だよその造語は。あ、わ、悪かったって、分かったから鎖骨を叩くな!く、首を絞めるなッ……!」

小柄な女性に攻撃され、苦しそうに喘ぐ長身男。
周りからはそう見えているに違いない。実に滑稽な光景なのだろう……あ、シャレじゃないよ?

しかしそんな周りの目よりも、無自覚身長差別発言の方に気をとられていた私は、手を緩めることなどもっての他だ。

「……やっべ、忘れてた、こいつ身長には五月蝿いんだった」

「今更思い出しても遅いッ!謝れ!」

「ちょ、待って、ごめんなさいごめんなさい!あっ、夜も奢ってやるからぁ!!」

……夜も奢る?

そんな素敵な言葉が聞こえた気がして、私は咄嗟に手を緩めた。それと同時に、解放された樹はぜいぜいと荒い呼吸を繰り返している。

私は、瞳をこれでもかと煌めかせながら言った。

「……フレンチ。夜景の見える、フレンチレストランが良い!」
「うぇッ!?……あ、ああもう、何でもいいっす」

一瞬絶望的な表情を見せた樹だったが、避けられないと分かるとため息をつきながらも了承してくれた。

やったぁ!変な成り行きではあったけど、一回『夜景&フレンチレストランwith男の人』っていうシチュエーションやってみたかったんだよねー!