それから一ヶ月後。
 私は美術部に出戻り、前のように下校時刻まで美術室でデッサンをとっていました。
 今、描いているのはヘルメスの石膏像。
 今まで眠傘先生に教えて貰った描き方で丁寧に鉛筆を走らせています。
 下校時刻のチャイムが鳴り、数分後、いつものように眠傘先生が美術室にやって来ました。
 先生は私がデッサンをとっているキャンバスと、私の顔を交互に覗き込み、上達したね。という一言に、頭をポンポンと、子供をあやすように叩くのでした。
 けれど、本当に欲しいのは、誰にでも向けるような言葉ではなく、私にだけ向けられる言葉。

 例えば、愛している。
 例えば、君だけを見ている。
 例えば…。
 
 色んな例えばが、とめどなく溢れるけれど、どの言葉も眠傘先生は言ってはくれない。
 けれど、そんな言葉が欲しくて、私は美術室に最後まで残るのです。
 寡黙な先生ですから、そんな言葉はきっと、先生の口からは出てきはしないけれど、いつかこの関係がもう少し進展すると信じて、私はここに残り、先生を困らせるのでしょう。

 子供扱いではなく、私を攫ってほしいと願う浅はかな考えは、きっと先生にはお見通しなのか、先生の優しい瞳がそう言うのです。

 先生と二人きりの会話がいつ出来るのか分からないけれど、私にはかけがえの無いひと時。

 ねぇ、先生?
 もっと困らせても、いいですか。