「なぁ…誠。俺がどこにいるかわかるか?」
 月日が流れて、俺は東京に暮らしていた。
 俺は大学生で、サークルもやっぱり剣道を選んだし、髪も短くて太くてごわごわで、身体も、ちっこくて風が吹いたら飛ばされちまいそうな痩せっぽちだったアイツと比べたら、おっそろしいくらい背高のっぽで屈強だった。
 俺の部屋は、年々お迎えした喋るぬいぐるみが増殖したし、クリーム色と灰色のストライプで質素でつまらなかった壁紙は、入居してすぐに大家さんに内緒で飛行機と車と新幹線模様のものに替えた。寝具とカーテンはやっぱり子供向けだ。
 んでもって、沢山の喋るぬいぐるみは『マコト』って名前にしていた。
 こいつらの名前は確かにマコトだけど、平仮名も、カタカナも、アルファベットも、漢字もあったし、ササキマコトってヤツもいる。
 アイツがそうしていたように。
 アイツの可愛くて可笑しな口癖の数々は、みんなコイツらの真似だって最近分かった。
 部屋はカーテンを開けると、コイツらを作った会社のビルが小さいけど、良く見える。
 ベッドの棚にはアイツの遺影が置いてある。この、喋るぬいぐるみを抱きしめた、ずっと可愛いままの、穏やかで柔らかい、あのにこにこ笑顔の写真だ。
 アイツが最期に、何で俺にキスをしたのかわかんないままだけど、きっと俺たちは両想いってやつだったんだと思う。
 どうだよ、羨ましいだろ、誠。東京だぜ、東京。俺こんなとこに住んでいるんだぜ。
 俺はいつの間にかアイツのことを、ちゃんと誠って呼べるようになっていた。
 日が暮れていく中、窓から見えるあのビルを凝視めながら、俺はある決心をした。
 また時が流れて、俺はやっぱり東京の喋るぬいぐるみを作った会社のビルの中にいた。
 イベントには何度も参加したから、何度も訪れた場所だったけど、リクルートスーツを着た俺は、今日だけはとんでもないくらい緊張していた。
 カバンの中にはアイツの遺影とピンクのマコトがちょっとだけ窮屈そうに入っていた。
 目の前の、ちょっとラフな格好のオッサンに俺は全てを話した。
 彼は目頭を押さえていた。
 俺の初恋と、ファーストキスの話をすると、誰もかれもこうやって涙ぐむんだ。
 普通なら男同士でレンアイとか、キスだのなんてただの笑いのネタにしかならないのに、涙ぐむんだ。
 いつの間にか、北海道はでっかいどー。という言葉も口癖じゃなくなっていた俺は、生まれて初めて、俺の心もでっかいどー。って口に出して言った。
 オッサンが「でっかい心なら、期待できそうです」って嬉しそうに言ってくれた。
 それから俺はその会社の傍にある喫茶店の隅っこに座って、アイツの遺影とピンクのマコトをテーブルに置いて、コーヒーを飲みながら煙草を吸っていた。
 隣にさっきのオッサンが来た。
 聞けばオッサンの食事はここで済ませることが多いらしい。
 オッサンが言ってくれた。俺の話に感動したって。
 俺は嬉しくて、嬉しくて涙が溢れた。
 初恋とファーストキスの話をした後の俺が、いつもそうやっていたように。
 ピンクのマコトが可愛い声で「フレー、フレー」って喋った。
 コイツはたまにこうやって空気を読んだのかって思うくらいタイミングがいい時がある。
 誠の分身なんだろうな。きっとそうだ。
 なあ誠、東京だぜ。東京の空って汚えな。だけど、すっげー優しい色だと思うだろ。俺はそう思うんだ。
 それから暫くして、俺は一本の電話に喜びと感動で叫んだ。近所中から苦情が来るほどに。
 んでもって、大家さんに壁紙がバレて、しこたま怒られた。
 誠、俺決めたんだ。東京の汚え空の下、お前のために沢山のあの喋るぬいぐるみを開発するってさ。