佐々木誠は本当に可愛いと思う。
ちっこくて、髪の毛がサラサラのふわふわで、身体なんかちょっと風に吹かれただけでも飛ばされちまいそうに痩せっぽちで。
佐々木は体育の授業には絶対に参加しない。いつも隅っこで見学している。
俺は一度だけ佐々木を体育の授業に一緒に出よう、と誘ったことがある。
だけどアイツは少しだけ寂しそうに「ごめんね」といって柔らかく断った。
俺と佐々木の出会いは中学に入ってすぐだった。
俺は剣道部で、髪も短くて太くてごわごわで、身体もちっこくて痩せっぽちの佐々木と比べると、とんでもないほど屈強だ。
まあ、屈強といっても、背高のっぽなだけで剣道の試合はいつも床を、正座であっためるようなもんだけどさ。
んでもって、佐々木は学校をよく欠席する。
別にいじめに遭っているとかそんなんじゃない。
もしそうだったら、いじめているヤツを俺が倒す!
佐々木は本当に穏やかで、人との関わりを本当に大切にする。
高校も佐々木と俺は同じで、嬉しいことに二年連続で同じクラスになれた。
北海道はでっかいどー。
俺がこの北海道に住んでいて、北海道のでっかさに感心してしまうとき、必ず出てしまう言葉がこれだ。
そして、北海道は嫌になるくらい、本当にでっかかった。
今日も佐々木は体育の授業を見学していた。
俺はバレーボールのボールを弄びながら、アイツのことが気になって仕方が無かった。
不意に、顔面にボールがぶつかる。
マジで痛い…。
鼻を押さえながら、ちらりと佐々木を盗み見た。
アイツは俺を指差して、腹を抱えて笑っていた。
その笑顔はハートマークを散らしているようで、本当に可愛くて、俺は何故かこの時、北海道はでっかいどー。って心の中で叫んだ。
俺と佐々木はもう、親友といっても良いと思う。
学校に行くときも、昼休みも、帰るときも、俺が部活に拘束されていないときは必ず一緒だった。
一度、俺はラブレターなるものを貰ったことがある。
それを真横で見ていた佐々木が、まるで自分のことのように喜んで、俺は何故かものすごい苛立ちを感じた。
俺が怒ると、アイツはにこにこ笑顔をしゅんとさせて、やっぱり柔らかく「ごめんね」って言った。
俺は自分が恥ずかしくなった。
だって、佐々木は何にも悪くないのに。俺とその子のことを応援したいって言ってくれたのに。俺はアイツに訳の分からない怒りをぶつけてしまったんだ。
もう一度、俺は佐々木のことを盗み見た。
だけど、佐々木の姿は何処にもなかった。
「…まただ」
アイツはよく貧血を起こして倒れてしまう。
俺はそういう時、必ず佐々木を迎えに行く。
そうするとアイツは保健室のベッドに横たわりながら、真っ青な顔で頑張って微笑んで「ありがとう」ってやっぱり柔らかく言ってくれる。
ちょうど昼休みになったから、俺は保健室で佐々木と少しだけ話をした。
佐々木はやっぱり穏やかに、ちょっと辛そうにしながらにこにこ笑顔を作って、こんな俺に付き合ってくれた。
次の日、佐々木は学校を休んだ。
俺はアイツの家にお見舞いに行くことにした。
今日は、いつになく暑い。だけど、やけに穏やかに感じる。
セミの声がうるさいけど、汗もだらっだらかいてるけど、ムカつく暑さじゃない。
家の場所は完璧に記憶していたけど、俺がアイツの家に上がることはなかった。
だけど、この日は違っていた。
アイツの家は両親共働きだ。
「暑い中、良くきてくれたね。ありがとう」って柔らかく言いながら、アイツは俺を家の中に招いてくれた。
初めて入る佐々木の家に、俺は何時にもない緊張を覚えた。
部屋に入る前に佐々木が「驚くかもしれないけど、笑わないでくれるかな」ってやっぱり穏やかに言った。
俺は何のことか分からなかった。
でも、佐々木の部屋がどんなに散らかってようと、もしかしたらマニアックなエロ本が散らばっていようと、俺は笑ったりしないと強く心に誓った。
やっぱり、北海道はでっかいどー。なのだ。俺の心だってでっかいどー。
部屋に入ると、その異様な雰囲気に俺は絶句した。
子供部屋みたいな寝具、カーテン。飛行機と車と新幹線模様の可愛らしい壁紙。
そして、おびただしい数のぬいぐるみ。ベッドには色とりどりの、同じ形のぬいぐるみが、ひしめいていた。
俺は動揺を悟られないように、フローリングの床に胡坐を掻いた。
佐々木は何も言われなかったことを安心したのか「麦茶を持ってくるよ」といって、部屋から出てしまった。
俺は改めて、目を皿のようにして部屋を観察した。
夏だというのにエアコンは動いていない。机の上にあるパソコンには可愛らしいシールが貼られている。本棚には漫画じゃなくて絵本が並んでいるようだ。
目の前のテーブルに薬が丁寧に並んである。まあ、倒れて学校休んだくらいだし、あっても不思議じゃないけどさ。
でも、その薬の量がちょっと多すぎやしないだろうかって思ったとき、俺は何だか不安になった。
突然、ベッドの上から「ねえねえ、遊ぼう」という、実に可愛らしい無邪気な声が聞こえてきた。
なんだなんだ!?
俺が思いっきり動揺していると、佐々木が部屋に小走りで戻ってきた。
「ごめん、今、ベッドの上のぬいぐるみが喋ったでしょ?驚かせちゃったね」
息を切らせながら佐々木が本当に申し訳なさそうに言うもんだから、俺は思わず「いや、別に驚かなかったぞ」と、虚勢を張ってしまった。
「こいつらさ、喋るぬいぐるみなんだ。可愛いだろ?」
佐々木が、ラムネ色したぬいぐるみを、本当に大事そうに抱きしめながら教えてくれた。
うんうん、とっても可愛いぞ、そのぬいぐるみを抱きしめているお前が!
「お前の部屋ってさ…なんかちっちゃな子供の部屋みたいだな」
俺がそう呟くと、佐々木が俺のすぐ傍にちょこんと座って、やっぱりにこにこ笑顔を作って見せてくれた。
「うん、オレ、可愛いのに目が無いんだ」
ものすごくショックだった。
だって俺は剣道部で、髪も短くて太くてごわごわで、身体もちっこくて痩せっぽちな佐々木と比べたらどえらく背高のっぽで屈強で…。
北海道はでっかいどー。俺はまた心の中で叫んだ。
俺の心だって、北海道のようにでっかいどー。
「そっか、可愛いものが好きなのか…」
俺はそれを言うのがやっとだった。
ぜんぜん北海道のようなでっかい心になれない…。
「うん。でへへ」
佐々木は無邪気な声で面白い照れ笑いをしていた。
コイツは照れ笑いをする時、必ず、でへへ。と面白い言葉を実に可愛い、無邪気な声で言う。
俺はコイツのそんな可笑しな癖が大好きだ。
きっとこれは守ってやりたいっていう父性本能なんだ
突然、佐々木が抱きしめていたぬいぐるみが「出かけるの?寂しいなあ」とぼやいた。
聞けば、その喋るぬいぐるみが暫く喋らないようにしたとか何とか。
どうやら、コイツらは留守番をしたり、眠ったり、風邪を引いたり、笑ったり、泣いたり、拗ねたりするらしい。
そして、コイツらを買うことを「お迎え」と言うらしい。
ああ神様、ごめんなさい。俺は一生懸命、嬉しそうに説明してくれる、佐々木のことばかりが気になって、そのぬいぐるみの色んな設定らしきものを、殆ど覚えることが出来ません。
暫く他愛も無い会話を続けていくうちに、佐々木があまりにも可愛らしすぎて、俺はたまらなくなって…。
佐々木のことを押し倒してしまった。
何が起こったのか分からない様子の佐々木が着ている、可愛い水色チェック柄パジャマを捲って、胸に触ってみたくなった。
そして、俺は驚いた。
パジャマを捲って現れた佐々木の胸は、怖いくらいにあばらが浮いていて、その下の腹はべこんとへこんでいた。
それがあまりにも可哀想に思えて、俺はコイツちゃんと生きているんだろうか、なんて思って、佐々木の胸に、直に手を置いてみた。
佐々木の体温は、ちっちゃな子供みたいにあったかくて、その奥にある心臓が一生懸命動いていた。
俺はそこで困ってしまった。
これ以上のことをしたら、佐々木はどうなってしまうだろう。
なんだか、呆気なく壊れてしまいそうだ。
そう思っているうちに、佐々木の心音が早くなっていく。
佐々木の呼吸が少し乱れて、顔から血の気が引いていった。
「あっ!…ごめん!」
俺は佐々木から離れて、背中を向けてしまった。
嫌われてしまうだろうか。
今度は俺の心臓がバクバクと早くなっていった。
「…もしかして、オレを抱こうとした?」
背中越しに小さくて、震えていたけど、可愛い声が聞こえた。
堪らなくなって、俺は部屋を飛び出して、佐々木の家を後にした。
佐々木のあんなに不安そうな顔、見たことがない。
俺がその表情を作らせたんだ…、チクショウ。
守っていくって、決めていたのに…!
オレの目から水がこぼれてく。涙だってわかってるけど、ホントに泣きたいのは俺じゃない。
絶対に、俺じゃない…。