どうせ伊織は同じクラスだから返すのは手間じゃない。教科書を受け取って教室に戻るとすると。
亜紀と伊織が廊下の端で何やら話していた。
亜紀は前より伸びた艶のある黒髪を窓から吹く風に靡かせて、相変わらず綺麗に微笑む。
伊織も周りの女子からの視線は気にせず、亜紀との会話に夢中。
2人だけの、空間。
その光景は今まで何度も見てきてるし、周りの皆も2人が仲がいい姉弟だって分かってるから別段気にしていない。
でも、以前感じていた違和感を思い出す。
お互いを見つめ合う表情のなかに、家族に対するものじゃない別の感情が含まれているのは、気のせいじゃないはず。
昔から一緒にいるからこそ分かるほんのわずかな変化。
その変化に気を取られてこの場から動けずにいると、ふいに亜紀が伊織の頬を包んで―――一瞬、キスをした。
伊織も驚くことなく、それを受け入れていて。
……そうか。2人の瞳に滲むその色は、多分。
伊織が告白を断り続ける理由って、もしかして。
予鈴が鳴り、亜紀と別れて教室に戻ろうとする伊織に声をかける。
「伊織、これ教科書。佐藤から」
「あー。ありがと」



