2人で過ごしたあと自分の制服に染みついた伊織君のバニラの香りが酷く胸を締めつける、なんてことは悲しいかなもう慣れてしまった。


鈍い心臓の痛みにも。感覚が麻痺してるのかもしれない。


伊織君の存在を示す香りだけは残っているというのに、肝心の本人はするりと手の隙間からこぼれ落ちる水みたいにすり抜けていく。


捕まえられないんだ。


でも諦めきれずにずるずると伊織君との関係を続けている。


いっそのこと、誰か笑いとばしてくれないかな。


止めておけって、言ってくれたなら。……いや、もし言われたとしても私は結局断ち切れないんだろうな。


毒は、そう簡単に身体から消えてくれない。


しかもそれが極上に甘ければ、甘いほど。


伊織君という罠に嵌った私は、自ら逃げ出すことを放棄した。


――――そんな伊織君に惚れたのは、あのとき。