「満留ちゃん?入るよー?」

灯蛇君の声に、私はハッと我に返る。いけないいけない、漫画みたいな世界に身を委ねてた。

「うん。えっと、失礼します……」

中の様子を伺うようにそっと扉を潜る。別に扉に当たりそうなほど背が高いわけではないのに、何故か屈んでしまった。

「あはは、そんなに緊張しなくてもいーのに。その姿勢、何かおかしいよ?」

うう、笑われた……。恐縮して無意識に屈んじゃうんだよね、ちゃんと背筋を伸ばしてっと。よし、これで大丈夫。

「ふ、はは、何かモデルさんみたいになってるぅ」

この場合の『モデルさん』はきっと誉め言葉じゃないな。おのれ灯蛇沫浬め、何でもかんでも笑いやがって。生まれてこの方、歩き方ひとつでこんなにバカにされたの、初めてだわ!

私は思いっきり灯蛇君を睨んだ。 

ここでいじられキャラに降格するわけにはいかない。多分灯蛇君のことだから、すぐに部の中に私のイメージを広げてしまうだろう。そうなれば本末転倒。

私が無茶ぶりを要求される→うまく答えられない→桜庭満留使えない→関係ぎくしゃく。そして、結局退部という図の通りに私は吹奏楽部時代と同じ道を辿るはめになる。 

うわ、想像しただけで嫌だ、キツい。何としても吹奏楽部の二の舞になるのだけは避けたいのだ。この未来図を脱会する方法、それは私が一年生部員の灯蛇君より上に、もしくは対等になることだ。

しかし、今のままでは灯蛇君にすらいじられてしまう。どうする、桜庭満留。
私は頭の中で幾つか作戦をたててみた。

1、無視
2、笑ってごまかす
3、適当な相づち

……うーん、2番って軽くMっぽくない?下手に反応しない方がいいよね。でも、無視はちょっと酷いかなぁ。 

ここは3番で行くか!私は意気揚々と、しかし見た目はあくまで平成を装って口を開いた。

「うん、そうだね。ちょっと緊張しちゃったみたい」

意外に臆することもなくすらすらと言葉が出る。

おお!我ながらスルースキルがあるんじゃないの?声も平淡にするように心がけたし、灯蛇君もこれ以上は……

「もう、芙蓉君たら人見知りさんなんだからぁ。後輩が増えるんだから克服できるようにならないとねぇ」
「ふうぅ、でもまだ足が震えます……」
「ははは、よしよーし」

……って、あれ?無視ですか?