「綾音…ちゃんとご飯食べてる?」

「うん……」

「ちゃんと眠れてるの?」

「うん…大丈夫」


花梨の不安げな声が聞こえる。

でも、何て言ってるのかちゃんと聞くのも、それに答えるのも今は面倒で、私は空返事を繰り返した。



手紙を抜き取っていたのが渡先輩だとわかってから一ヶ月が経とうとしてる。

もうすぐ期末テストがあって、それが終わったら待ちに待った夏休み。

なのに、私の心は真冬並みに冷え切っていた。


「今日は部活休んだ方がいいよ。歩くのですらフラフラなのに練習なんて出来るわけない」

「……休みたくないの」


完璧な意地だった。


渡先輩は今も入部当初から何も変わらない。

普通に私に話し掛けてきて、優しくて頼りになる部長の姿のまま。

いつも通り。
手紙を抜き取ってる犯人だと一瞬忘れてしまうほどだ。


渡先輩自身、まさか私に犯人だとバレてるとは夢にも思ってないだろう。


どんな気持ちで私と接してるんだろう。

どんな気持ちで葉山と話してるんだろう。


優しそうに笑ってる時、恋バナを振ってくる時。

本当は腹の中で私を嘲笑ってるんだろうか。


渡先輩のことを凄く凄く好きだったのに、今はそんな風に見れない。

負けたくなかった。

落ち込んで傷付いた姿を、先輩にだけは知られたくなかった。


だから、犯人が渡先輩だってわかってからも部活は一度も休まなかったし、いつも通りの私を演じてみせた。


本当は聞きたいことが山ほどある。

なんでこんな事をするのか。

本当はどう思ってるのか。


けど、今は聞けない。

聞いたら、“いつも通りの私”を演じられなくなってしまいそうだから。