「綾音」


葉山の低い声がシンと静まり返る廊下に響く。

振り返った葉山とバチッと視線が交わって、胸がギュッて詰まった。


「何で最近逃げんの?目も合わせねぇし、わざと会わないようにしてんだろ?」

「あのね、それは」


嘘はつけない。
全て見透かされてるような力強い瞳に思わず口を噤む。

これは相当怒ってる。

キラキラ笑顔が似合う葉山にこんな顔をさせてしまうなんて、私ってなんて愚かなんだろう。

こんな私に、葉山を好きとか言う資格なんてない。


「……ごめんなさい」


ここに連れて来られた時、少しは覚悟していたつもりだった。

でも、それはただの“つもり”で、実際は覚悟なんて全く出来てなかったんだ。


葉山に嫌われるのが怖い。

葉山に拒絶されたら、私はこれからどうやって生きていけばいいの?


言いようのない絶望感に胸が苛まれる。

目に涙がじわり滲んだ時、更に追い討ちを掛ける言葉が聞こえた。


「すげぇムカつく」


喉の奥から出したような凄みのある声が鋭い刃となって胸を刺す。

痛みに堪えるように目をギュッと強く瞑った。


「少しぐらい言い訳しろよっ」

「え?」


葉山がボソッと呟く。
うまく聞き取れなくて、聞き返した時。


「でさぁ」と、大きな声で話しながら誰かが階段を降りてくる足音が聞こえて、咄嗟に階段を振り返った。


「あの一年、名前なんつったっけ?」

「西條綾音でしょ?バスケ部の」


え⁉︎私?

何で私の名前が出て来るの⁉︎


「生意気じゃない?葉山のこと呼び捨てにしてるし」

「わかる!“先輩”つけろっつーの」

「葉山も葉山だよね!名前で呼び捨てなんかしちゃって。そりゃ女も調子に乗るわ」


声も足音もどんどん近付いてくる。

どうしよう……
このままだと出くわしちゃう。

葉山と二人でいる時に、声の主達と出くわすのは絶対に良くない!