「何やってんの?」


いつもよりも低くて、凄く怒った声。

振り向かなくても声の主が誰なのかわかる。

だって、この世で一番好きで、今一番会いたくない人だから。


「な、何も……」


まずい。非常に……

葉山の鞄の横にしゃがんでチャックに手を掛けてるこの状況は、どう頭をひねって考えたって逃げ道がない。

別の誰かに見られたのならまだ言い訳出来るものの、まさか本人に見られちゃうなんて間が悪いも良いとこだ。


「それ俺の鞄。何もってことないだろ」


うわぁ……どうしよう。
葉山、凄い不審がってる。

そりゃそうだよね。
自分の鞄を開けられそうになってるんだから。


「ごめん…なさい……あの」


こうなったら正直に手紙を入れようとしてたことを言った方がいい。

それで直接渡せば……っ!


「ちょっと来い!」

「へ……っ、うわ!」


私が頭の中であれこれ考えていると、いつの間にかすぐ側まで来ていた葉山が私の手首を掴んで引っ張った。

ズルズルと、半ば強引に私を人気のない特別棟の一階に連れて行く。


掴まれた手首が少し痛い。

でも、久しぶりの葉山の体温に嬉しくなってる私がいる。


多分、もう葉山は私のこと嫌いになってると思う。

逃げるし、目を合わさないし、自分の鞄を漁ろうとしてるし。

中学に入ってからまるで良いところなし。


こんなとこまで連れてきたってことはお説教とか、最悪もう関わるなって言われるかもしれない。


葉山は私の手を離したあと、全くこっちを振り返らない。


今、どんな顔をしてるの……?

やっぱりもう、私のこと嫌いになっちゃった?


こんな時にでも高鳴る心臓。

私よりも大きくて広い背中を見つめたまま、葉山の言葉を待った。