「何してるんだよ!」

「へ?何が?」

 屋上でカイトに向かって声を荒げる僕に、カイトは首をかしげる。

「へ?何が?じゃないよ!カイト、あのままこいつを浮かせるつもりだっただろ!」

 カイトが持っていたシャーペンをポケットから取り出し、僕はそう言った。
 このシャーペンは、カイトの腕を掴む時にさりげなく机から回収しておいたのだ。

「ああ、その棒な。俺の周りに群がったニンゲンどもが、特技なんぞを聞いてきたから、ニンゲンにはできないことを見せてやろうと思ってな」

「いやいやいや、人間にはできないことやったら、怪しまれるでしょ。神様だってバレたら困るでしょ?」

「困らないだろ。俺の信者が増えれば、それはそれで神的には嬉しい限りだ」

 腕を組みながら自信満々に答えるカイト。
 
「勘弁してくれよ...」

 がっくりうなだれる僕。
 そして僕はこの時、カイトが能力を使おうとしたという事件で僕の脳神経で完全に上書きされていた最も重要なことを思い出した。

「てか何で...」

「?」

 ぷるぷる震えている僕をカイトが不思議そうに見つめている。

「何でカイトがここにいるんだよ!!」

 僕は今日イチの声を張り上げた。

 そうだ。
 なぜカイトがここにいるんだ!?
 僕は留守番を頼んで家を出たはず...
 それにカイトもそれを承知してたじゃないか...

「なにブツブツ言ってるんだ?ヒナタ」

「何でもないよ!大体、制服とかどうしたんだよ」

「ユウタの部屋から見つけた」

「ユウタ...?ああ、兄貴のことか」

 僕の兄貴、清水 裕太は、この入江田高校の出身で、高卒で東京の銀行に入社した。
 その兄貴だったら、制服を持っていてもおかしくないか。

「でも、手続きとかどうやったんだよ。そんなに簡単じゃないだろ?」

「ああ、その辺はアレだ」

「アレ?」

 頭を掻きながら言うカイト。
 嫌な悪寒が背筋を走るのを確かに僕は感じた。

「精神操作(マインドコントロール)ってやつ?父上から残された能力の1つだ。そいつを使って、校長をチョロまかした」

「な...なんてやつだよ...」

 カイトの父上もしっかりしてくれよ...
 下界に追放するなら、その能力は絶対持ってちゃダメな能力だろ...

「あ゛~~、どうなってるんだよ~~!そもそも、なんで大人しく留守番してくれなかったんだよ!」

 僕はムシャクシャした気分でカイトに突っかかる。
 そうだ。
 僕はカイトに留守番を頼んだんだ。
 何の為にここにいる!?

「全部お前の願いを叶えるためにやったことなんだけどな」

 カイトは、やけに落ち着いた口調でそう言った。
 
「へ?」

「今朝言ったろ?お前に礼をしたいんだ。お前は遠慮したかもしれないけど、俺はお前の願いを叶えたい」

 やけに鋭い目つきで僕を見るカイト。
 その目は、僕に天界でのことを話した時と同じ、嘘をついたりふざけたりなど一切していないと一目で分かる目だった。

「で、でも、僕はカイトに叶えてもらいたい願いなんて...」

「あるだろ?」

 僕の言葉を遮るカイト。

「ヒナタ、お前は俺と出会った日、本当は神社で何を願った?」

「そ、それは...」

 僕の本当の願い...
 それはあまりにも高すぎて、手が届かない願い。
 そしていつからか僕が心の中に、絶対にできない、無理だと言い訳をして閉じ込めてきた願い。

「神社では勇気を下さいと願っていたが、本当は違う。あの時のお前の心の中の願いはもっと高いところを見ていた」

「でもそれは...」

「でもそれはあまりにも可能性が少ない願いだから、心の中にそれをしまい込み、自分に勇気が足りないと自分で自分を騙してきた」

 僕の言葉を上乗せしていくように話すカイトは、僕の心に眠る願いを呼び起こすように響いてきた。
 そして、その言葉に僕は生唾を飲み込んだ。
 全てを見透かされているような感覚。
 それはとても恐ろしく、今すぐ逃げ出したくなる気持ちになる。
 でも僕は逃げない。
 いや、逃げれなかった。
 それは今からカイトから話される僕の本当の願いを確かめたいからか、それとも恐怖で足がすくんでいるのか分からなかったが、とにかく、そこから動けなかった。

 そして、カイトの口から放たれた僕の本当の願い。

「お前の本当の願い、それはタカネナツとの結婚だ」

 僕はこの時、カイトのことを初めて真剣にわかった気がする。
 こいつは紛れもなく、『神様』だ。