エースとprincess


 今日の瑛主くんは髪を後ろに流して額を全部出していて、身につけているのは夏物のチャコールグレーのスーツだった。普段から目がきついとか怖いとか言われる凛々しい容姿も、華やいだこの場には馴染み、それどころか見事にハマっている。同じように身なりを整えている会場内のブライダルスタッフのなかでも突き抜けて目を引く風貌だった。そんな瑛主くんを私は正視できなくて、会場入りしてからはなるべく視線を外すようにしていた。

 なのにここへきてこっちを見ろという。この逃れようのない一メートル足らずの距離でこっちを向けと言う。
 困る。

 いつまでたっても動かない私に対し、瑛主くんは実力行使に出た。指で私の顎を視線が合うよう持ちあげた。私は触れられた感覚にひたすら驚き、信じられない思いでつい目のまえの人を見つめてしまった。わかっていたことだけど、くっきりとした双眸がそこで待っていて、私はそれだけで熱に浮かれたように他のことはなにも考えられなくなった。


「健やかなときも、病めるときも」

 瑛主くんの唇が動いて言葉が紡がれる。

「穏やかなときも、貧しいときも」

 からかいの気配は微塵もなく。

「いかなるときも、私は」

 こういうときの、あとに続く文言はきっとこうに違いないと知れている。なのに一言一句漏らさず聞きたいと思う。


「あなたを妻とし、生涯愛することを誓います」

 瑛主くんは私を見ていた。今、瑛主くんが言った『あなた』は紛れもなく私だった。



 瑛主くんが目配せし、今度は私の番だと告げる。戸惑いながらも乗せられて、
「汝を夫とし、健やかなるときも病めるときも愛することを誓います」
 そんな感じのことを口ずさんだ気がする。