エースとprincess


「さっき嘘ついちゃった。自分に予定がなくてもこういうところに来るのは好きだな」
「そう」

 瑛主くんはそれ以外はなにも言ってこなかった。やがて一組二組、それらしいカップルが姿を見せはじめて、係の人の誘導のもと、奥のほうへと進んでいった。揃ってカリヨンの鐘を見あげ、少し談笑してから建物に入っていく。
 この会場は私たちが立っているこの開けているスペースでバルーンリリースができたはずだった。なのに、先ほどの見学者は入ってきたこちらへ戻ることなく室内に向かっていた。会場に駆けつけたときに来場者と間違えられて渡されたパンフレットには、バルーンリリースの写真が掲載されている。聞くと、ああそれねとなんでもないことのように瑛主くんが教えてくれた。

「風向きだよ。ここで風船を手放すと、あっちに流れるだろ」

 瑛主くんが指さした方角を見やる。あれは紛れもなくホテルの客室だ。それもそんなに高層階ではない。

「客室の最上階の屋根に見事に溜まるんだって。それで場所を変えたらしい」
「あーそっか」

 幸せや繁栄を祈ってどこまでも飛んでいけと放ったものがすぐそこに留まるのでは、考える余地ありだ。かといって建物をどかすなんて論外で、それは仕方のないことといえる。


「だけど」

 私たちの立つこの空間だって素敵な眺めだ。建物も設備も花もよく映える。

「バージンロードの端から端までと祭壇と鐘と空が一望できるのは、こちら側のほうだよね。この角度が使われなくなるのは残念な気もする」

 言ってから、はたと気づいた。これじゃあ過去の私と同じだ。自分の分野以外のことに口出ししてしまった。誰も聞いてないよねと周囲に目を配る。少なくとも瑛主くんの耳には聞こえているはず。


 姫里、と呼ばれ、返事をした。「はい」
 どんな反応が来るかと身構える私に、瑛主くんはこんな提案をした。「そんなにこの場所がいいなら、試しに誓ってみようか」

「誓うって、なにを」

 瑛主くんは私のバッグと自分の荷物を近くのテーブルのそばに置き、周りを見ながら私の腕を引いて立ち位置を整え、向かい合わせに身構えた。設営用に配置された植物が壁の役割を果たし、周囲からの視線を遮ってくれる。

「こっちを向いて」

「や、でも」

「いいから」