思わず、生クリームをすくったフォークが止まった。視線をあげると亀田さんの笑顔が待っていた。自然な笑みなのになぜか怖くて、私はすみませんともう少しで言うところだった。


「誤解しないでね。姫里さんって、陰で画策するのとか駆け引きとか、不向きな人だよね」
「はっ、陰で画策……向いていません。全くそのとおりで。ええ、はい」


 過去を瑛主くんに打ち明けたから、もう亀田さんの持っている姫里情報は弱みでもなんでもない、と思えたはずなのに、どうしてこう遜ってしまうのか。もうケーキ早く食べて帰ろう。それがいい。
 無心に食べ出した私に亀田さんの目が注がれているけれど、知ったことか。

「姫里さんのこと、私、結構好きよ」
「え」

 谷口と姫里を言い間違えたのかと思ったら、そうではないらしい。亀田さんは優雅にフォークを使って、粉砂糖のかかったチョコレートケーキを口に運ぶ。

「スマホがあるから顔を合わせなくても用件を伝えられるのにそうしなかった。そういう古風なところとか、会ってまもなくても膝を割って本音で話せるところとか」

「失礼があったなら謝ります。でも、会ってまもないって……顔を見知ってからは長いですよね、私たち。十年まではいかないけど、もうじき十年?」

「ね。業界に残ってくれているだけで同士って思えちゃう。転職する子も結婚退職する子も多いもの」

 亀田さんは耳のそばの後れ毛をさりげなく指で流した。今日の亀田さんはサイドの髪をまとめている。涼しげな石のついたピアスがきらきら光りながら揺れていた。



 亀田さんと別れ、電車に揺られているとき、スマホにメッセージが届いているのに気づいた。

『あのあとまっすぐ家に帰った?』

 瑛主くんからだった。一緒にいるときはそんなに感じないけれど、こうして文字で改めて見ると、瑛主くんは過保護だ。誰にでもこの調子なんだろうか。