「そばにいたかったな。近くにいて、それは違うとか、おまえは間違ってないとか、言いたかった。俺みたいなのにちゃちゃ入れられたら、姫里、すげえ荒れそうだけど」
くっくっとひとりで想像して本格的に笑い出したんですけど。
「私だって、人の忠告くらいありがたく拝聴しますよ? ムリなときもありますけど」
そういうことじゃなくて、と瑛主くんがやわらかく制止し、意外なことを言われた。
「姫里の今やっている仕事って、他の事務担当よりはるかに多いって聞いたんだ。重要な仕事があったらまず姫里にあてがわれ、それまでの業務もそのまま抱えたまま、というその繰り返しで、困ったときの姫里頼み。バツイチ姫なんて呼ばれたのは、その上司もまた残業や休日出勤が重なって、家庭を顧みれなくなったかららしいじゃないか」
知ってたのか、と私は申し訳ない気持ちになった。バツイチ姫たるゆえんは関わると仕事に忙殺されるからというのが真相なのであって、私に目が眩んで浮気して離婚とか、二十代の私といるから家庭への愛がなおざりになったとか、そのような色つやめいた事情では決してないのだ。
「ごめん」
謝ったのは私ではなく瑛主くんのほうで。
「えっ。どのあたりが?」
「まえに姫里に言った憶えがある。バツなんとかっていうのは、離婚したくなるくらい姫里に魅力あるってことだろうから楽しみ、とかなんとか。会社のために尽くしてきた人にこれほど失礼な態度はないと思う。……悪かったよ」
「真面目か!」
あはははっと笑い飛ばす勢いで放ったのに、瑛主くんは乗ってはくれなくて。
「……真面目だよ」
なんて、しんみりした口調が小さく聞こえて、私はどうしたらいいかわからなくなる。
『会社のために尽くしてきた人』と言われた。社内の人で、高卒の私に敬意と礼節を持ってそんなふうに言ってくれたのは瑛主くんが初めてだった。
嬉しいのもあるけど、まさか今ここで言われるなんて思ってなかったから驚きが大きくて。それでも嬉しさのほうが勝ったから、背けていた顔を思い切って瑛主くんのほうに向けた。
暗がりのなかでだいぶ慣れたとはいえそれでも闇は深く、そもそも私はベッドのそばのベッドの下にいるわけで、顔を向けたくらいでは瑛主くんが今どんな表情をしているかなんてわかるはずもなかった。


