バッティングセンターは半分くらい空きがあった。ピッチングマシーンからボールが飛んできて、打って、いい当たりだとヒットだとかホームランだとか、正面スクリーンにでかでかと文字映像が表示される形式だった。使っているのは男の人が大半だったけれど、デートと思われる男女のペアもいた。

「やった! 女の子も打ってる」

「なに、姫ちゃんも打ちたいの?」

 バットとヘルメットを渡され、係りの人から説明を受けているうちに私もやってみたくなったのだ。

「じゃあ賭けようか。姫ちゃんが勝ったらなんでもいうことをきいてあげる。僕が勝ったら……そうだな、君のこのあとの時間を僕がもらおうか」

 私を見おろしながら不敵に笑うサワダ(仮)さん。そうやって溜めながら言って、私の表情が移り変わるのを楽しむつもりだったのだろう。
 だからそのとき、彼だけが気づいていなかった——瑛主くんの接近に。

「その賭け、俺も混ぜてよ」


 またあんたか、とサワダ(仮)さんがつぶやく。

「言っとくけど俺、経験者だよ。高校のときには全国にも行った。野球好きなら名前を聞けば『あーあそこか』ってなるくらいには有名校だったんだけど……それでも相手してくれる?」

 ぜひ、と答えた瑛主くん。サワダ(仮)さんに対峙したまま、顔だけをこちらに向けた。

「姫里もいい?」

「オッケーオッケー! 私だって負けるつもりないですよ!」

 運動神経はそこそこいいほうだったから、やったことなくても自信はあった。すごくおもしろそうだし、人が打っているのを見れば見るほどなんだか打てる気しかしなかった。さあこのたかぶりの冷めやらぬうちに! とわくわくしながら急いで荷物を置いて手首を回しはじめる。

 
「そう。なら、俺も同じ条件にするよ。俺が勝ったら姫里をもらってく」

 静かな声で告げた瑛主くんはこちらに一歩二歩と近づくと、
「そういうわけだから、覚悟してて」

とにこりともせずに言ったのだった。