エースとprincess

「ちょっと一緒に来てくれないかな」

 次のお店の話題が出そうな時間帯にそう言ってきたのは、サナダさんだったかサワダさんだったか。名前はうろ覚えだけど私の隣で積極的に話に食いついてきた男性だった。仮にサナダさんとする。
 サナダさんは顔の彫りが深くて身体も大きかった。商社勤務で海外出張から戻ったばかりだから、目に映るものすべてが小柄な日本人サイズに見えるなどと、本気か嘘かわからないワールドワイドなトークを繰り広げていた。向かい側に座る女の子はそこかしこに漂う自慢話の匂いに引いていたけど、私はおとぎ話として聞くには別に構わないんじゃないかと思った。彼は有名大学卒の一流企業勤めのエリートで、私は高卒しかも全国に支店があるとはいえ中小企業の単なる営業補佐。住んでいる世界が違うと文句を言う気にもならない。


「えーと、それで、どこまでついていけばいいんですかね」

 狭い席の背後をごめんなさい連発で抜け出し、靴を履いて通路を抜ける。このままだと店の外に出てしまうのではと思ったら、開いた自動ドアからお客さんがなだれ込んできて、ここにいるのは邪魔だからと入れ違いで外に出てしまった。

「あの。私、バッグもスマホも置いてきちゃったんですけど」

 んーとか、ああとか、曖昧な声を発しながら、私の腕を掴んだサナダさんは突きすすむ。ひとつわかった。ヒールのある靴を履いていると踏ん張りが効かない。引っ張られるがまま、つき従うしかなかった。
 まるっきりの手ぶらで外を歩くなんていつ以来だろう。落ち着かない。それでも、場所を変えて用件が済めばすぐに戻らせてもらえるものと思っていた。
 サナダさんの歩く速さは変わらなかった。明確な意志を持ち、目的地もはなから決めてあるような素振りに、さすがに私も不安を感じはじめた。


「戻りましょう。みんな、心配してますよ。あいつらばっくれやがったなーとか、言われちゃってるかも」

「うん、まあそれでもいいんじゃない」

 サナダさんは耳を疑うようなことを言った。街明かりに照らされるやや後方からの顔からはなにも伝わってこない。ただ前を向くのみだった。

「言わせておけばいいって。事実なんだし。飲食の金なら君も同僚が来てるって言ってたし、立て替えてくれるでしょ。そんなことより腹減らない?」

 はあ? と思いっきり声に出してしまった。