◇ ◇
 

「ええとですね。それって、行くも行かぬも瑛主くんの自由意志なのでは」

「だからあなたに来てほしいんじゃない」

 ――あの日、亀田さんは頭の悪そうな私の受け答えにも動じなかった。変わらぬ微笑みをたたえていた。白ワインのグラスを持つ指先には、一見してサロンで仕上げたと知れるような透け感のある青系グラデーションのネイルが施されていた。麗しい人というものは身体の先端まで抜かりなく麗しいのだった。

「瑛主くん、きっとあなたのストッパーになるつもりではりきってやってくるもの」

 それまで谷口くんと呼んでいたその口が、突如、瑛主くんと言った。なんでも瑛主くんは大学時代のサークル仲間だったのだそうで、大学自体は別だったの、とこちらが求めてもいない補足まで丁寧にしてくれた。

 これはもう、行く行かないの返事のできる段階ではなかった。亀田さんのなかでは合コン開催が決定事項であって、形式として参加の返事がもらいたいだけなんだと思った。結婚披露宴の招待状のようなものだった。

 職場の歓迎会で聞いた、瑛主くんに恋人がいるという情報はこちらからは言わずにおいた。私は過去の仕事のことで亀田さんにはっきりと苦手意識を持っている。面倒になりそうなことは極力避けたかった。 



 ◇ ◇
 

 会社の更衣室で化粧を整え、誘いにふたつ返事で乗ってくれた同じ職場のアキちゃんと居酒屋ののれんをくぐる。
 掘り炬燵式のテーブル席で亀田さんと他数名が待っていた。

「谷口くんは遅れるって?」

「すぐ行くとは言ってましたから、もうじきかと」

「じゃあ先に飲み物頼んでおきましょう」 

 くじ引きで決めた席は、私が壁際の奥からふたつめ、アキちゃんは通路に近い席だった。四人掛けのテーブル席が三つ。男女がきっちり交互に座っているから、合コンであることがまるわかりだ。紐状のストリングスカーテンが間仕切りとしてあるけれど、気休めにしかならない。

 お互い社会人のせいか、はたまた幹事の人徳か、学生時代のときのようなはっちゃけた人はおらず、テーブル単位でまとまって話に花が咲いていた。瑛主くんもあのあとすぐに合流し、亀田さんの隣の席へ。それを確認した私は、これで瑛主くんを連れてくるというお役目は果たしたと安心し、お酒の席の与太話に興じていた。