「描く段になって今更セリフいじるかよ」
「あーそうですか。はいはいっと」

 ナオは漫画家だ。もとは絵描きだったのが、今では漫画の仕事のほうが多くなった。中学時代から絵を描く子はまわりに多くいたけど、それを仕事に結びつけたのはナオひとりだけ。ひたすら青春期を絵に捧げたサクセスストーリー。取り柄のない私からすれば尊敬に値する。

「お腹すいたの? なにか買ってこようか?」

「うるさいんだけど」

 気を利かせたつもりだった。なのに一蹴された。

「え、だって……ヘッドフォンで聴いて、音漏れしないようにしてたのに? 音量もそんなに大きくはなかったでしょ」

「存在がうるさい」

「あー」


 私は実家暮らしをしていて、ケーブルテレビもBS放送も受信できる環境になかった。自分主導で契約を結ぶのは乗り気になれないし、そのためだけに家を出るなんてバカけている。販売されるものは買うけど、されないものもある。じゃあどうするか。

 そこで白羽の矢が立ったのがナオの家だ。ひとり暮らしのマンションで、在宅ワークだから昼夜を問わずほぼ家にいて、各種有料チャンネルの契約者。しかも駅から徒歩五分。恋人はいなくて三次元の異性に興味はなく、某漫画の主要キャラが嫁という安全保障つき。こんな優良物件、見過ごす手はない。
 ――まあ、仕事をしているそばで、照明がんがん入れ替わる音楽映像なんて流されたら、さすがに気が散るか。


「ナオさんにはいつもお世話になっておりますー」

「下手に出たって無駄。もう家には来ないで」

「とか言っちゃって」

 ナオの脅しなんて怖くない。

「わさび味のポテトチップなんてほかに誰が食べるっていうの。ほかにお客さん、来ないでしょ? 私しか遊びに来ないでしょ? 私をもてなそうっていうナオの温かーい心遣いに、気づかないとでも思った? ん?」

 こういうのをツンデレというんだろうか。ナオの耳が赤くなっている。色が白いだけにわかりやすい。相変わらず、仕事の打ち合わせと食料品の調達のような必要最低限の外出しかしていないんじゃないか、この人。