エースとprincess


「ナオですよ。描いたマンガがアニメ化を経て映画になるとかなったとか、まえに話していたのを思い出しまして。峰岸さんと会う直前、ナオから関係者の名刺を譲ってもらったんです」

「それで声優なのか」

 私はしらばっくれて聞いてみた。
「なんの話?」

「最近頻繁にありさから苦情メッセージが来てる。このまえ姫里から紹介された芸能事務所がイメージと違ってたってさ。『どういうこと? 声優ばっかりじゃない!!』『私の顔が表に出ない!!』だって。荒れてるな」 

 瑛主くんがソファ越しにスマートフォンをかざしてこちらに見せている。離れていてさすがに文字は読めないけれど、矢継ぎ早に短文が送信されているのは見て取れた。
 ルックスを武器にしている人がその能力を発揮できない現場に足を踏み入れる。茨の道かもしれない。たとえいつもの武器で渡りをつけて仕事をもらったとしても、それはあくまでもきっかけだ。周りは声の演者としての仕事で評価する。

「他にはなんて?」

「表層でない美しさの追求がどうのこうの書いてあるけど……読むの面倒くさい。自分の言いたいことだけ言って聞き手の心情無視するやり口、スマホでも発揮してる。すごいな」

 よかった、私、峰岸さんに連絡先教えなくて。

「最終目標はドーム公演だって。満席にするって息巻いてる」

「近頃の声優さんは舞台やコンサートもあるっていいますもんねえ」 

 情熱の矛先は『昔の彼氏』から『声優業』へ。どこまでが本気かわからないけれど、峰岸さんなりに満ち足りた日々になるといい。私は遠くから——あくまでも遠くから願うことにする。



「いつまでそうしてるの」

 耳元で急に声がし、私は驚いた。瑛主くんがいつのまにか背後に立ち、私を囲うようにシンクの縁に手をかけていた。私の左肩の上に瑛主くんの顔が来ている気配。近すぎて振り返ることができない。
 身体を硬直させたままスポンジを握りしめる。シンクのなかに泡が落ちる。

「洗い物が私を放してくれない?」

「なぜ疑問文なんだ」

 瑛主くんが肩の上で小さく笑う。耳のそばで聞く低い声に私はぞくりとする。そこばかりに意識を向けていると、手と指先を取られた。

「なら、そろそろ俺に返してもらうとするか」