エースとprincess


 廊下の死角からぞろぞろと、瑛主くんと山田さん、あと一人は見知らぬ男性が出てきた。いつから、と無意識に問いかけた私に山田さんが答えてくれる。

「全部聞いてた。最初っからね」

 瑛主くんに目配せをしながらにやけている。瑛主くんはというと、やっぱりほぼ同じで、真顔を保とうとしているのがなんとなく伝わってくる。「俺たちのほうが早く着いていたんだよ。今日の夕方、姫里がおかしな動きをしているってわかった時点で連絡を取り合って、先回りしてた。峰岸氏が繰り上げ帰国する日だったし、これ以上ないタイミングだった」


 待機していたいきさつはわかったけれど、妙な笑いの意味がまだ理解できない。峰岸氏というのは峰岸さんの旦那様のことで、瑛主くんたちに挟まれて立っているこの男性がそうなんだろう。両脇のふたりの顔や体つきがいかついせいか、とても穏やかで柔らかい印象が伝わってくる。話に聞いていたよりだいぶ若く見えた。
 その凪いだ海のような雰囲気が、口を開くと一変した。

「面白そうだからこのまんま見ていようかって、三人で意見が一致してね。いやあ、笑いを我慢するのが大変だった!」
「女って怖えーっすな!」
「ねー」

 ははは、と先頭になって豪快に笑っているのが峰岸氏で、それを煽っているのが山田さん。瑛主くんは立場が立場だから、さすがに相槌を打つのは控えている。

「俺は姫里の、人の懐にぐいぐい入ってくるような距離の詰めかたが怖くてはらはらしてた」

 私の真横でそう言い、少し笑った。一応、心配はしてくれていたらしい。



 どんなに穏便に進めても、不倫の現場を押さえたと峰岸さんが糾弾されるか、あるいは瑛主くんが峰岸さんの誘惑に負けたと責められるかするものと思っていた。なのに現実は想像の遙かに上をゆき、あっさりとしていた。

「次の出張はありさも一緒に行こうか。もう寂しい思いはさせない。いいね」

 そう言って峰岸氏は峰岸さんの肩を抱き寄せた。それが旦那様からの唯一の意思表示。柔らかいながらも有無を言わせない強さがあった。
 瑛主くんと山田さんに至っては、峰岸氏と名刺交換をし、今度飲みにいく約束までしているんだとか。迷惑料代わりかもしれないけれど、峰岸氏がふたりの行動力に惚れ込んでいるということのようだった。すごいな、営業力。営業力は世界とかも救っちゃうのかもしれない。


「つまんないの」
 峰岸さんも私と似たようなことを思ったらしい。瑛主くんに一定期間付きまとっていた割に瑛主くんには響かず、ろくな成果を挙げられなかったので、すねるようなことをただひとこと言って、旦那様に連れられて去っていった。