こんばんは、とその日私は峰岸さんに声をかけた。待ち伏せはかれこれ二週間近くになる。
「谷口主任なら今日は外出先から直帰なので、ここには戻らないかと思いますよ」
峰岸さんは目立っていた。一般人が連日そうしていたら不審者扱いされてもおかしくないけれど、彼女には異次元の美貌がある。誰かに用があって待っているんだな、健気だな、とそこにいることを無条件で認められていた。うちの社内では情報レベルがもう一歩進んでいて、峰岸さんが瑛主くんを待っているのはみんなの知るところだった。
話しかけたのが展覧会で会った私とわかると、あらっと言って峰岸さんは一礼をしてきた。私も応じた。
「ありがとう。そっか。じゃ、電話してみるね」
峰岸さんが社屋から注意を逸らし、スマートフォンを取り出そうとしたときひらめくものがあった。私は素早く自分のバッグを開け、ドアをくぐって建物に戻りながら電話をかけた。
『はい』
と瑛主くんの声がスマートフォンから聞こえた。勝った、と思った。
「今、お話できますか。今日も峰岸さん、社屋の外で待っています。主任が出先から直接帰ることを私、伝えたので、きっと今、峰岸さんからそっちに電話が行っていると」
通話していいか聞いておきながら、返事を聞かずに一方的に話したものの、峰岸さんの連絡手段が通話だけではないことに思い当たった。私が先に瑛主くんに電話してしまえば、話し中になって連絡つかないと思ったのに。
「そっか、アプリでもメールでも連絡とれるんだ。馬鹿だー、私」
それに話し中でも着信履歴は残る。気づかなかった、なんて苦しい言い訳だ。
お疲れさまです、と目のまえを同僚が通っていく。壁際に立つ私が必死に瑛主くんの恋路を邪魔しようとしているなんて、思いも寄らないだろう。
自分のやっていることの無意味さに、続ける言葉をなくす。どうしよう。もう、手だてがない——。
『落ち着けよ。姫里はなにがしたいんだ』
笑いを含んだ声で聞かれた。
「なにって、それは」
『うん』
言ったら嫌われるかもしれない。勘違いするなと敬遠されるかもしれない。でも峰岸さんとは会ってほしくない。
「峰岸さんが来てから、私、ほったらかしにされてる気がして。いつまでこれが続くんだろうと思ったら、たまらなくなって……。私だってたまには、瑛主くんとご飯が食べたい」


