「いたたた」



冷房のきいた大講義室。


後ろから二列目の窓際の席。


とんでもない暴露話をわたると山本の前でした牧野紗枝は頭を抱えながら、わたるの前の席に座った。


「おはよう」


何事もなかったかのように、挨拶をする。


「おはよー。野田っち、なんか昨日ごめんね。山本に怒られちゃった」


「あー、冗談の類でしょ。気にしてないよ」


「冗談じゃないよー。山本、割と野田っちのこと好きだよ。だってあの後落ち込んでたもん。野田っち帰っちゃって。ねえ、怒って帰っちゃったの?」


「いや、始発の時間になったから帰っただけだし」


「そうだったの?じゃあ、本当に怒ってない?」


「怒ってないよ」


「よかったー。紗枝のせいで、恋愛ひとつブチ壊しちゃったかと思った」


「いたいけな乙女がブチ壊したとか言うのやめなさい」


「それで、それで。野田っちは山本のこと好きなの?」


「……君の頭の中で何がどうなって、そうなった」


「だって、怒ってないんでしょ?だったら好きかなって」


「人間そんな簡単な生き物じゃないってことをそろそろ勉強しなさい」


「えー、野田っち。うけるー。意味わかんない」


分からないのは、君の思考回路なんですが。


というツッコミを頭の中に浮かべながらわたるは苦笑いをした。


授業開始まであと十分もある。




遅刻してはいけないといつもより二十分家を早く出たのが間違いだった。


「おっす」


いつもよりも妙に洒落た格好で山本が登場する。


目の前にいる紗枝の攻撃から逃げたいと山本に助けを求めようにも彼は完全に目が泳いでいた。


「……何緊張してんの?」


「いや、別にいつも通りなんだけど。全然、普通なんだけど」


「分かりやす過ぎるから、気にしてないし。昨日の」


「そう、俺も気にしてないし」


そう言ってわたるの隣に座る山本は妙に緊張していて、わたるは授業開始と同時に珍しく教室に到着した教授の話を聞こうとノートを開いた。


「紗枝は友達と約束してるから」


紗枝は席を立つ際二人に「頑張って」と言い去っていく。


お節介も程ほどにしてくれないかと、わたるは思った。



授業が開始してから十分もしないうちに講義の内容に飽き飽きしてくる。


近代都市の形成が人類に及ぼした影響なんてぶっちゃけた話、どうだっていい。



つまらないと、何気に横を見る。爆睡している山本の姿が目に入った。


仮にも好きだと昨日告白した相手の前で、よだれを垂らし、半目で寝るか。普通。


「ありえな……」


 鞄の中からスマートフォンを取り出し、写真を取る。



アドレス帳から山本晃介の名前を探し出し「ひどいかお」と本文を打ち込み写真を添付して送り付けた。



黒いスマートフォン携帯を抱え込むようにして寝ていた山本が、LINEの受信を告げたバイブ音で目を覚ます。


「なんだよ……」


寝ぼけながら、山本はわたるから送られたLINE画像を見た。


そして次の瞬間笑いながら外方を向くわたるの頭に軽くチョップをかました。


「おい、野田。今すぐ写真のデータ消せ」


「知らないんだけど」


「マジで。やめろよ」


「いいじゃん。面白いから」


「面白くねえよ。恥ずかしいだろ。そんなん」


「大丈夫だって、消しとくから」


「今すぐ消せ」


「それが好きな子に対する態度かな」


「気にしてないってお前言ってただろ」


「あはは」


「あはは、じゃねーよ。おい」


笑いながらじゃれている二人を見かねたのか、マイク越しに教授に「そこ、うるさい。喋るなら出てけ」と注意される。


「ほら、野田のせいで注意されただろ」


「山本の声がでかいからだろ」


「可愛くない奴め」


「あ、そう」


再び授業に集中する振りを始めたわたるに、山本は頭をかいたあと

「何か奢るから、マジ消して」


と半分以上懇願といった様子でわたるに頭を下げた。


よほど恥ずかしかったらしい。


「何奢ってくれんの?」


「チロルチョコ」


「却下」


「分かったよ。何がいいんだよ」


「有明にあるスイーツ食べ放題のとこ」


「どこだよ、そこ」


「そこがいい。チョコレートプリンが有名なんだって」


「チョコレートプリン……ねえ。じゃあ、URL後で送っといて。調べるから」


「予約しないと入れないよ」


「ちょっと、待て。お前いくらのとこ行くつもりだ?」


「大丈夫一人二千円くらいだから」


「……まあまあな値段だけど。スイーツに二千円も払うのか?俺今月ピンチなんですけど」


「これURL。どうぞ」


「どうも。って聞いてねえな話」


「無理だったら、無理しなくていいよ」


「無理じゃないけど。行くけど」


「行くのかよ」


「人生七転び八起きだからな。あのアホ顔お前が消してくれるなら安いもんだ。デートも出来るしな」


ニヤリと笑っていう山本。


「デートとか言うな」


「何顔赤くしてんだよ」


「恥ずかしいこと平然と言うからだろ」


「え、何?野田デートってとこ意識してんの?」


「うっさい」


形成逆転したと、得意そうな表情で山本はわたるの赤い顔を覗き込もうとする。


まるで小学生のようなやり取りだ。


「そこ。二回目だぞ」


再び教授に注意され、今度は大人しくなる二人だった。